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第57話 レッツゴー! チーム月詠!

本話は『文月(ふづき) 知世(ちせ)』視点で進行します。






 世界の終わりみたいな顔をしている女が二人いた。


「アニキと一緒がよかったっす……」


 先ほどから、鷹峰 鉄華はこればかりである。

 大きな背中を丸め、重たい足取りで廊下を歩く姿には、世界ランキング12位の威厳など欠片もない。

 その隣では、文月 知世も険しい顔で手元の割り箸を睨んでいた。


「こんなことなら、キズをつける程度の細工はしておくべきでした……」


 二人とも、仁と別の組になったことをかなり悔やんでいる。

 割り箸による組分けを提案したのは文月自身だったが、あくまで仁と同じ組になる前提だった。

 その結果がこれである。

 文月は自分の考えの甘さと引きの弱さを呪いながら、前を歩く銀髪の女へ目を向けた。


 月詠(つくよみ) 雪禰(ゆきね)

 仁を崇拝する度合でいえば、文月や鉄華など軽く凌駕する人物だ。

 当然、彼女も内心では荒れ狂っているはずだった。

 しかし湖面のように静かな彼女の歩き姿を見て、文月は少しだけ感心した。


「月詠さんは平気そうですね」


 月詠が足を止める。


「何が?」

「先生と別の班になったことですよ」

「別に。私は常に仁様と共にあるから」


 ごく自然な口調だった。

 月詠は胸元へ片手を添える。


「物理的な距離なんて、些細なこと」


 鉄華が目を見開いた。


「す、すげえ境地っすね……」

「これが強さの秘訣でしょうか……」


 文月も唸る。

 確かに自分たちは、まだ仁の肉体に囚われすぎているのかもしれない。


 傍にいたい。

 声を聞きたい。

 姿を見ていたい。

 そんな欲に振り回されるようでは、真の弟子とは呼べないのだろうか。


「それに、目を閉じればいつでもお姿を拝見できるから」

「え?」

「今も瞼の裏で、仁様が私を優しく見守ってくださっている」


 月詠の頬が、ほんのりと赤らんだ。


「――『雪禰、お前ならできる』……と」


 文月は静かに一歩離れた。

 鉄華も同じだけ離れた。


「ア、アタシ、そこまでは行かなくていいっす……」

「奇遇ですね、私もです……」

「そう、残念」


 月詠は気にした様子もなく、再び歩き始めた。

 世界2位の強さと関係があるのかは分からないが、少なくとも、安易に立ち入ってはいけない境地であることだけは理解できた。




 三人は東京支部内の小さな会議室へ入った。

 室内には机と椅子、それから大型モニターがある。

 文月は席へ着くなり、持ち込んだノートパソコンを開いた。


「さて……問題は、ここからどう追うかですね」


 仁たちのチームが双子の療養先から手がかりを調べる一方で、こちらの月詠チームは、月詠が出くわした『三度の薬物混入事件』から調査をする事になった。


「薬を入れた奴から辿るのは無理なんすか?」

「それは難しいでしょうね」


 文月は首を横に振る。


「月詠さんが薬物を飲まされそうになったのは、いずれも別の国での出来事です。実行犯は、現地の人間を使い捨てにするのが普通かと」

「いや、同じ男だよ」


 月詠が言った。

 文月の指がキーボードの上で止まる。


「同じ男?」

「三度とも、現場に同じ男がいた」

「……初耳なんですが」

「言っていないから」

「なぜ言わなかったんですか?」

「聞かれなかったから」


 間違ってはいない。

 間違ってはいないのだが、今の状況でその返答をされると、無性に腹が立つ。

 文月は眼鏡の位置を直し、感情を押し込めた。


「詳しくお願いします」

「一度目に薬が入っていることに気づいた時、怪しい男に発信機を仕掛けた」

「そ、それは凄いですね……ですが、その場で捕まえはしなかったんですか?」

「捕まえたら、そこで糸が切れるから」


 月詠は静かに答えた。

 末端を一人拘束しても、雇い主へ警戒を与えるだけ。

 ならば気づいていないふりをして、その先へ繋がる情報源とした方がいい。

 そこまで考えた上での沈黙だったらしい。


「よく怪しい奴が割り出せたっすね。女のカンってやつっすか?」

「仁様が『あの男を追え』と仰った。私の心の中で」

「そ、そうっすか……」


 それは「女のカン」とは違うのだろうか。

 そう思ったが、文月は深く追及しなかった。

 鉄華も遠くを見ている。

 氷の女帝様は、理解しようとするだけ無駄なのだ。


「その後、二度の薬物混入の時にもその男がいた。だから、その発信機を追えばいいよ。PCを開いて――」


 聞くと、月詠は世界の至る所へ飛んで仕事をこなしている。

 当然その中には、文明の手が入っていない場所もある。

 万が一、遭難時の備えとして、衛星式の小型発信器を携帯しているということらしかった。


 発信器は定期的に位置情報を送信し、専用のクラウドサーバーへ移動履歴を蓄積する。


 月詠は男へ発信器を取りつけた後、そのまま次の任務へ向かった。

 忙しかったため記録を確認する時間はなく、男を泳がせたこと自体も、これまで誰にも話していなかったそうだ。


「識別番号は分かりますか?」

「うん」


 月詠が淡々と読み上げた数字を入力する。

 画面に認証要求が表示され、月詠本人の権限を借りて突破すると、世界地図の上に何重もの細い線が浮かび上がった。


「出ましたね」


 鉄華が文月の背後から画面を覗き込む。


「これが、その男の足取りっすか?」

「うん。仕掛けた日―― 一度目に薬を入れた時から、今日までの記録」

「このままだと見づらいので、絞り込みをかけて……と」


 文月は期間と地域を絞り、月詠が薬物混入を受けた三件の任務先を表示する。

 それぞれ国も都市も異なるが、月詠が滞在していた期間、発信器は確かにそのすべての都市に現れていた。


「月詠さんの移動に合わせている……」


 偶然ではない。

 男は月詠の任務先を事前に把握し、先回りしていた。

 協会内部から予定が漏れている証拠でもある。

 文月は男の移動履歴を重ね、三つの経路に共通する地点を抽出した。


「恐らく拠点は――」


 男は薬物混入に失敗した後、いずれも数か国を経由していた。

 追跡を警戒した動きだろう。

 しかし三件とも、最後には同じ沿岸都市へ辿り着いている。


「ここです」


 文月が地図上の一点を拡大する。

 そこは小さな港町だった。

 男はそこで数時間滞在した後、海岸線を離れていた。

 発信器の軌跡が、海の上へ伸びていく。


「船っすか?」

「おそらく」


 港を出た線は沖合へ向かってまっすぐ進み、陸地から遠く離れた一点で停止した。

 そこで三度とも、数日間の滞在をしている。


「島でもあるんすかね?」

「調べてみましょう」


 文月は衛星地図へ切り替える。


「……何もない海の上、ですね」


 文月の呟きに、鉄華と月詠が画面をのぞき込む。

 確かにそこは青一色の海面だった。

 周囲に島影なども無い。


「じゃあ、確認に行こう」


 月詠が静かに告げる。


「アニキたちに連絡はしないっすか?」

「一応、座標だけ伝えておく。合流は待たない」


 金色の瞳が、地図上の一点をじっと見据えていた。




------




 ととん、と。

 三つの靴音が、ほとんど同時に鋼鉄の床を叩いた。


「着きましたね」


 文月はゆっくりと顔を上げた。

 視界いっぱいに灰色の鋼板が広がっている。

 海上に浮かぶ建造物としては、あまりにも大きい。

 豪華客船にも匹敵する規模がありながら、武骨なその見た目は、まるで海の上に築かれた要塞だった。


 周囲は見渡す限りの海。

 その中央に、巨大な鋼鉄の塊がポツンと浮かんでいる。


「しっかし……こんな所にこんなもんがあるとはっすね」


 鉄華が目の上へ手をかざし、施設の全景を見上げる。


「衛星写真には何も映っていませんでしたね」

「こんだけでけえのに」

「普段は潜水しているのか、情報そのものが処理されているのか……どちらにしても、個人で用意できる規模ではありませんね」


 海上にこれだけの施設を造り、誰にも知られず運用するなど不可能に近い。

 維持費だけでも相当な額になるだろう。

 それを可能にする力を持つ人間が、裏にいる。

 文月はそこまで考え、眼鏡の位置を直した。


「何にせよ、いきなりドボンしなくてよかったです」


 足元の鉄板を一度踏みしめる。

 鉄華が動きを止めた。


「ド、ドボンする可能性あったんすか……?」

「そりゃまあ、海の上ですからね」

「先に言ってほしかったっす!」

「言ったら来なかったんですか?」

「来たっすけど! 覚悟ってもんがあるじゃないっすか!」

「その時は泳げばいい」


 月詠が静かに言った。

 鉄華が振り返る。


「ここ陸からどれだけ離れてると思ってるんすか!」

「いつかはどこかに辿り着く」

「そういう問題じゃねえっす!」


 月詠は気にした様子もなく、施設の奥へ目を向けていた。

 吹きつける海風に、長い銀髪が揺れている。

 視線の先には、外壁へ埋め込まれた大型の搬入口があった。


 周辺に人影はない。

 警報のようなものも特に鳴っていない。

 こちらの侵入に気づいていないのか。

 それとも、気づいた上で泳がせているのか。


「さて、どうしましょうか……」


 文月は二人へ向き直った。


「これだけ巨大な施設となると、中を捜索するのも時間がかかります。日本のダイバーたちに応援要請を送りますか?」

「それはやめた方がいい」


 月詠が即座に答える。


「どこから情報が漏れているか分からない」


 確かに、と文月は納得した。

 そもそも情報漏洩を避けるために、特別に捜索部隊を結成したのだ。

 この施設に辿り着いたのが敵側にばれ、拠点を移されでもしたら、今度こそ追えなくなってしまう。


「じゃあ、アニキたちを呼ぶのはどうっすか?」

「呼ばない。……仁様たちは、仁様たちの役目を果たされている」


 声は平坦だが、仁の名を口にした時だけ、わずかに感情が揺れる。


「向こうでも、何か見つけているかもしれない。邪魔をするべきじゃない」


 文月も同意見だった。

 仁たちが向かったのは、双子の療養施設として登録されていた場所だ。

 そちらが空振りと決まったわけではない。


「これ以上後手に回るべきじゃない」


 月詠が搬入口へ歩き出す。


「中へ入ろう」

「……相談というより決定事項ですね」

「時間をかける理由がないから」


 静かに言う月詠に対し、鉄華が豪快に笑った。


「分かりやすくていいじゃないっすか! 突撃っすね!」

「……そうですね。それ以外の手も、あまり思いつきませんし」


 三人は人目を避け、施設の外周を進んだ。

 ほどなくして、保守作業員が使用するものらしい小さな出入口を見つける。


 鍵は掛かっていたが、それほど頑丈なものではない。

 大きな音を立てることなく扉を開き、内部へ滑り込む。


 扉の先は狭い通路だった。

 壁も天井もむき出しの金属。

 頭上には配管が密集し、低い機械音が絶えず響いている。


「……少し進んでみましょう。決して音は立てないでください」


 三人はしばらく通路を進み、施設の内部が複雑であることを理解した。

 通路は幾つにも分岐し、上下階へ続く階段や昇降機もある。

 案内表示もあるにはあるが、意味の分からない記号と番号ばかりで、施設の全体像はまるで掴めない。


「でけえっすね……」


 鉄華がポツリと呟く。


「船というより、要塞都市のようです」


 文月はポケットからスマホを取り出した。


「圏外……電波が遮断されてますね」

「わざとっすか?」

「間違いなく」


 発見されて困るものが、ここにはある。

 その確信が、文月の中で一段強くなった。


「このまま闇雲に進んでも、(らち)があきません。一度、施設から情報が奪えないかを試しましょう」


 文月が立ち止まり、二人に向き直る。


「内部システムへ接続できれば、建物の構造図を確認できるかもしれません」

「そ、そんなことできるっすか?」

「やってみないと分かりませんが、試す価値はあります。過去に同じようなことをした経験もありますし」

「すげえっすね……」


 文月はどちらかと言うと、戦闘が得意ではない。

 もちろん、27位というランクに相応しいだけの戦闘能力を備えてはいるのだが、これ以上の上昇は難しいだろうと自覚している。

 文月の魔法は、戦闘に不向きな(そういう)能力なのだ。

 

 決して弱くはないが、仁の教え子の中では最低位。

 こういった、戦闘以外の所で活躍しなければ……。

 そんな思いが彼女にはあった。


 だが、そこに疑問を呈する女が一人。


「上手くいく保証がない」


 月詠が言った。


「だからと言って、当てもなく進む方が非効率的ですよ……!」

「今からアクセスできそうな端末や設備を探して、普段からやってるわけでもないハッキングを試みるんだよね。それは、とても時間がかかると思う」


 月詠は首を横に振りながら続ける。


「その間に犯人に逃げられるかもしれないし、二人の命が危ないかもしれない」

「逆です。焦って行動すれば、こちらが罠に掛かる可能性だってあります」

「罠があるという根拠は?」

「そんなもの無いですよ……! だからこそ、情報が必要なんでしょう!?」

「違う。だからこそ、迷ってはいけない」


 文月は眉を寄せた。

 月詠の返答は静かで、一片の荒ぶりも感じない。

 しかし、頑として譲る気はないらしい。


 鉄華が二人の間で視線を往復させる。


「えーっと……二人とも、一旦落ち着いてっす……」


 どうどう、と両手で二人を宥めようとする。

 が、鉄華の方へ向けられた文月の顔は、非常に険しかった。


「では鉄華さんは、どちらの意見に賛成ですか?」

「ア、アタシに振るんすか……!?」

「三人しかいないから」

「んむむむ……!」


 鉄華は腕を組み、必死に思考を巡らせた。

 そもそも鉄華はケンカの中心になったことはあれど、仲裁は未経験だ。

 レフェリーとしてのデビューがいきなり世界ランカー戦なのは、少々荷が重い。


(アニキはいつも、こんなことをやってるっすか……?)


 師匠のもとを離れ、はや七年。

 未だに、その偉大さに驚かされることがある。

 鉄華はしばらく唸った後、意を決して口を開いた。


「ど、どっちの言い分も正しい気がするっすね……ここは間をとって、全部の床や壁をぶち破ってしまうのはどうっすかね……なーんて」


「却下」

「聞いた私が馬鹿でした」

「ひ、酷くないっすか……!?」


 文月は小さく息を吐く。


 時間をかけてでも確実に進みたい文月。

 直感に従って即座に進もうとする月詠。

 どちらも折れる気配はなく、ならば、方法は一つしかない。


「分かれよう」

「分かれましょう」


 二人がほぼ同時に告げる。


「私は施設の構造を調べます。月詠さんは、ご自分の判断で先へ進んでください」

「うん、それがいい」


 その判断に、鉄華は目を丸くする。


「本当に分かれるんすか? この先に何があるかも分からないのに?」

「このまま話し合っていても、時間を失うだけですから」

「鉄華は文月の傍にいて」


 鉄華が月詠を見る。


「一人で大丈夫なんすか?」

「大丈夫」

「でも――」

「文月を守って」


 確かに戦力的に見れば、そう別れるのが自然だ。

 月詠の声は変わらないけれど、その言葉には明確な自信があった。

 鉄華もそれを感じ取ったのだろう。

 数秒迷った後、深く頷く。


「分かったっす」

「……それじゃあ」


 月詠は交差する区画の中央へ立った。

 四方へ伸びる通路を一度見回し、祈るように目を閉じる。

 数秒の沈黙の後、月詠の唇がわずかに緩んだ。


「ああ……こちらですね、仁様」


 目を開く。

 迷いのない足取りで、右側の通路へ歩き出した。


 文月は月詠が消えた通路を見つめたまま、眼鏡を押し上げた。


「先生の教え子は、変わった方が多いと思っていましたが……」


 鉄華が重々しく頷く。


「中でも別格っすね……」


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