第56話 地下の研究所
「『口にするな』と。仁様が仰ってくださいました」
「……ち、ちょっと待て」
月詠の突飛な発言に全員が沈黙する中、俺は意を決して口を開く。
「何でしょう、仁様」
「俺、そんなこと言ったか?」
「いえ、現世の仁様ではございません」
月詠は胸へ手を当てた。
「私の魂に宿られた仁様より賜ったお言葉です」
「勝手に宿らせるなよ……」
「仁様は常に私をお導きくださっております故」
何とも言えない空気の中、久世さんが咳払いを一つ。
「……理由はともかく、薬物が使われたという事実は重大です」
「そ、そうですね」
文月が即座に思考を切り替える。
「ライラさんと麗華さんも、同じ方法で無力化された可能性が高まりました」
「夕凪は?」
俺が尋ねると、夕凪は首を横へ振った。
「なにもない」
「色々警戒して動いたり?」
「してない」
「ってことは、狙われたのは本当に上位の三人だけなのか」
月詠、ライラ、麗華――世界ランキング2位から4位まで。
文月が大型モニターへ三人の顔写真を並べる。
「共通点は明白ですが、三人とも日本国籍。世界最高峰の戦力であると同時に、日本ダンジョン協会が保有する最大戦力でもあります」
「日本の戦力を、まとめて削ろうとしてるってことっすか?」
鉄華が机へ身を乗り出す。
「その可能性はありますが、ならば朧さんが狙われないのは不自然ですね」
「ふっ。ゆうなぎ、ねらわれてない」
「な、何も褒めてませんよぉ……?」
そこで、スッと月詠が挙手をする。
「5位と6位はどう?」
「そこについては、気になる情報があります」
久世会長が手元の端末を操作する。
大型モニターに、新たに二名の顔が映し出された。
少女と見紛う顔立ちの少年。
その隣に立つ、全身を隠した小柄な人物。
「エリオ・ヴァレンティさんに、セレネ・ヴァレンティさん。お二人とも、二ヵ月前からダイバーとしての活動を休止し、長期の療養に入っています」
「療養? 病気か何かなのか?」
「その部分の詳細は非公開でした」
文月が答える。
「ただ、療養先は分かっています。世界ダンジョン協会が指定したとある医療施設で、二名共通の担当医師以外、面会も連絡も制限されています」
二人が同時に長期の療養ねえ。
重い病気を抱えているようには見えなかったが。
「その担当医師ってのは?」
「身元は確認中ですが、双子がまだ幼い頃から治療を担当している人物のようです」
「かかりつけ医みたいなもんか……?」
月詠には薬物が仕掛けられ、恐らく同様の手口でライラと麗華が攫われた。
そしてその二ヵ月前から、双子も忽然と姿を消している。
偶然にしては並びが良すぎる。
「めっちゃくちゃ怪しいっすね!」
「同意ですぅ。麗華さんのことを、目の敵にしていましたしぃ」
「そうだな。関係があるとみて間違いないだろう」
俺たちの意見が一致したところで、文月が改めてこちらに向き直った。
「という事で、失踪したお二人の捜索は……」
指を一本立てる。
「薬物混入の経路から追うルートと」
反対側の手でもう一本立てる。
「双子の療養先から追うルートを、同時に進めていきたいと考えています」
文月は一度言葉を切ると、机の下へ手を伸ばした。
「そこで、コレです」
何を取り出すのかと思えば……割り箸だった。
六本。
先端に色のついたものが三本。
何もついていないものが三本。
「……何してんの?」
「組分けです」
「この状況で?」
「この状況だからです」
文月は六本を両手の中で混ぜた。
机の前へ立ち、六本の割り箸を扇状に差し出す。
「色付きと無色で、三人ずつに分かれます」
鉄華が割り箸を見る。
「くじで決めるっすか……?」
「編成に私情を挟まないためです」
「能力とかぁ、持ってる情報とかぁ、色々別れ方はあると思いますけどぉ?」
「では話し合いで決めますか。三日三晩かかっても決まらないと思いますが」
「「「「…………」」」」
なんでお前ら無言になるんだよ。
全員が黙りこくったのを確認し、文月はずいっと割り箸を突き出した。
「さあ。まずは先生から、引いてください」
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「住所、ホントに合ってるか?」
「あってる」
夕凪がスマホのメモを見る。
世界ダンジョン協会が提出してきた座標は、確かにここだ。間違っていない。
「民家だな」
「しかも、焼け落ちた民家ですぅ」
朝比奈が付け加える。
そこにあったのは、医療機関とは口が裂けても呼べないような、焼け跡だった。
周囲には他の家もない。
舗装の荒れた細い道の先、枯れた草原の真ん中に、黒く焼けた柱と土台が残されている。
「エリオとセレネの療養先が……これ?」
「屋根も壁もありませんねぇ」
「ずいぶん、かいほうてき」
「風通し抜群だな」
俺と朝比奈と夕凪の三人は、冗談を言い合いながら焼け跡を確かめていく。
「……ここがおかしい」
俺は焼け跡の中央へ足を向ける。
「何かありましたかぁ?」
「ありすぎるんだ」
元は居間だったらしい場所には、焼け落ちた板が山のように積み重なっていた。
しゃがみ込み、手近な一枚を拾い上げる。
表面は黒く焼けていたが、ひっくり返すとほとんど煤がついていない。
「こっちも、うら、きれい」
夕凪も隣へしゃがみ、板を一枚持ち上げる。
「火事の後で置いた可能性が高い」
「何のためにですかぁ……?」
「そりゃもちろん――」
俺は足で煤けた板を蹴り飛ばす。
炭化した木片の下から黒い金属が覗いた。
さらに周囲を払いのけると、四角い鉄板が姿を現す。
「これを隠すためだろ」
取っ手のついた、地下への扉。
焼け跡に紛れ込ませるため、上から大量の瓦礫を被せたらしい。
念入りに隠し過ぎて、逆に怪しかったな。
「……はいる?」
夕凪が尋ねる。
俺は鉄の取っ手へ手を掛けた。
「勿論だ」
「罠かもしれませんよぉ?」
「だとしても、行くしかないだろ。麗華とライラの手がかりがあるかもしれん」
扉を引っ張り上げる。
冷たい空気が地下から流れ出した。
扉の下には、白い照明に照らされた階段が続いている。
俺が先頭で足を踏み入れ、その後ろに夕凪、朝比奈の順で続いた。
「民家の地下室って感じじゃないな」
「……ひみつきち」
「ですねぇ」
階段は地上の音が完全に消えるまで、真っすぐ下へ続いていた。
ようやく最下部へ着くと、目の前に重厚な鉄扉が現れる。
「ぼすべや」
「俺もそう思った」
材質こそ違えど、ダンジョンの奥で散々見てきたあの扉に似ている。
この先に面倒な奴がいますよ、と全力で主張しているようだった。
「……ま、普段通り攻略してみるか」
鉄扉へ両手を当て、ぐっと押し開ける。
鈍い金属音とともに、扉がゆっくりと内側へ開いていった。
その先には、だだっ広い空間があった。
学校の体育館が丸ごと収まりそうな広さだ。
天井は高く、壁も床も黒い金属で覆われている。
壁際には巨大な格納庫らしきシャッターが並び、天井からは不気味な赤い照明が落ちている。
「まさにボス部屋だな」
「なかなか、こってる」
「雰囲気がありますねぇ」
扉を抜け、三人で広間へ入る。
その最奥、高く設けられた壇上に、一人の男が立っていた。
「――ふはは! よくぞここまで辿りついた!」
年齢は六十前後。
長く伸びた白髪は左右へ跳ね、分厚い丸眼鏡の奥では、落ちくぼんだ目が異様な光を放っている。
汚れた白衣の下には細い身体。
片手には、用途の分からない無数のスイッチが並んだ箱。
「……絵に描いたような『悪の科学者』だなあ」
俺は思わず呟く。
科学者らしきその老人は、両手を大きく広げて続けた。
「待っていたぞ、日本ダンジョン協会からの使者よ!」
「何か知ってる風だな、お前」
名乗っていないのに、日本から来たことがバレている。
つまり、俺達がここを訪れることを予見していたということ。
「貴様らの行動は、すべて私の予測の範囲内だ!」
老人は口の端を大きく吊り上げた。
「なら話が早い。鳳城麗華と神代ライラはどこだ」
「ふはは……! 答えると思うか……?」
「素直に教えてくれたら、痛い目を見なくて済むぞ」
「ぬかせ! 知りたければ、力ずくで聞き出してみることだな!」
そう叫び、博士が指を鳴らした。
すると背後で凄まじい音が響き、鉄扉が完全に閉じられる。
「閉じ込められましたぁ」
「バイオとかならお決まりだよな」
「あいつ、まぬけ」
逃げ道を塞いだつもりらしい。
夕凪がいれば、扉の有無など大した問題にはならないのだが。
「さあ、見るがいい! 我が研究の結晶を!」
老人が箱を高く掲げ、芝居がかった動作で赤いボタンを叩いた。
「いでよ――メカオーガ!」
左右の壁に並んでいたシャッターが、一斉に持ち上がった。
暗闇の奥で、赤い光が次々と灯っていく。
やがて、鋼鉄の足音が広間を揺らし始めた。
格納庫から姿を現したのは、金属製の巨人だった。
三メートルを超える巨体に、ぶっといアーム。
全身を覆う赤い装甲の隙間からは、濃密な魔力が漏れ出していた。
その数、二十と少し。
「オーガをメカにしたからメカオーガか……」
「分かりやすくて良い名前ですぅ」
「あいつ、あんちょく」
博士が鼻を鳴らす。
「はんっ! ただの機械人形だと思うな! その装甲は、高純度魔石を精製して作り上げた特殊合金! 内部には人工魔力炉を搭載し、本物の魔物に匹敵する出力を実現している!」
――ガンガンガン!
メカオーガたちが太い両腕を打ち鳴らす。
金属同士がぶつかり、耳障りな轟音が響いた。
「その強度、膂力、反応速度! いずれも鬼籠野ダンジョンに生息していたブラッドオーガにも劣らん!」
「へえ……並のS級ダイバーより強いってことか。そりゃ凄い。だが、その鬼籠野のオーガなら何体も倒してんだよ」
ずいぶん自信満々に出してきたが、相手が悪かったな。
そう思ったのだが、老人は俯き、肩を震わせた。
「ふはは! それは魔法を使ってだろう?」
博士が先ほどとは別の箱を取り出し、スイッチを押す。
すると低い駆動音が広間に満ちた。
目には見えない何かが空気を震わせ、全身へまとわりつくような違和感が走った。
「お得意の魔法を使ってみるといい……!」
「……あれれ」
夕凪がこてんと首を傾げる。
小さな手を前に突き出しているが、何も起きない。
いつもなら即座に開くはずの『天涯門』が、影も形も現れなかった。
朝比奈も胸元へ手を当てる……が、普段の温かい緑光は出なかった。
「魔法が使えないですぅ……」
「はーっはっはっは!」
老人が高笑いを上げた。
「驚いたか! 私の手元にあるこの装置から、魔法の発動を阻害する特殊電磁波を放射しているのだ!」
箱を両手で掲げ、得意げに胸を張る。
「その名も、魔法阻害機!」
「そのまんまだな」
「命名に一貫性がありますねぇ」
「あいつ、じつは、かしこくない」
「――うるさい!」
博士が顔を赤くする。
「この室内では新たな魔法を発動することはできない! 貴様らに残されているのは、魔力による肉体強化のみ! さあ、魔法も使わずに、このメカオーガ軍団へ勝てるかな!?」
二十体のメカオーガがこちらへ歩み寄る。
ズシンと足音が床に響いた。
「……なるほど。なかなか惜しい機械だな」
「何を!? 負け惜しみはみっともないぞ!」
「いや、そうじゃなくて……よっと」
俺が指をくいっと上げると、老人の足下から影が跳ね上がった。
影は細い槍の形を取り、老人の手元へ――
――バキン!
魔法阻害機とやらは、真ん中から砕け散った。
「なっ……!?」
装置の破片が宙を舞う。
広間を覆っていた妙な圧迫感が、ふっと消えた。
「な、なぜだ……!? 魔法は阻害されているはず……!」
「まあ、新たな魔法はな?」
足元の影を指す。
「――俺、最初から出してたから」
「なにぃぃぃいいいいいいいっ!?」
老人の絶叫がこだまする中、夕凪が「えいっ」と手を伸ばす。
すると、今度は空間に黒い亀裂が走り、闇の門が開いた。
「できた」
朝比奈の身体も、淡い緑色の光に包まれた。
「私も使えますぅ」
「よかったな」
二人が嬉しそうに頷く。
俺は壇上を見上げ、軽く肩を回した。
「さて……」
影が床一面へ広がる。
夕凪の周囲では、いくつもの黒い門が開き始めた。
朝比奈は柔らかな笑顔のまま、緑のオーラを纏って拳を握っている。
「正々堂々、戦おうか」
「ひ、ひぃ……」
老人の膝が震えた。
先ほどまでの威勢はもうどこにもない。
「ゆ……許して……」
掠れた声を漏らした。




