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第55話 捜索隊結成

『――世界ランキング第3位、神代ライラ氏。同第4位、鳳城麗華氏。二名の失踪事件に世界が注目しています』


 大型モニターに見慣れた金髪の女が映っていた。

 いつ撮られたものか、その女――ライラは、大勢の観客へ笑顔で手を振っている。


 映像が切り替わる。

 今度は、深紅のドレスに身を包んだ麗華だ。

 報道陣の問いかけを涼しい顔で受け流し、悠然と会場を歩いている。


『テロや誘拐、国家間の工作を含め、さまざまな可能性が指摘されています。しかし二名の所在に繋がる有力な情報は――』


 ぶつり、と音声が途切れた。

 文月がリモコンを机へ置く。


「報道で出ているのは、ここまでです」


 日本ダンジョン協会・東京支部、会長用執務室。

 久世会長が一人で使うには広すぎる部屋に、今日は大勢が集まっていた。


「ここからは、日本ダンジョン協会(われわれ)が独自に調査した情報です」


 日本ダンジョン協会の関係者として、久世会長に文月、そして俺。

 日本国籍の世界ランカーとして、鉄華に朝比奈。

 全員の視線が、モニターから応接用の長机へ移る。

 そこには二人の足取りをまとめた資料が、隙間なく並べられていた。


「まず、失踪した場所です」


 文月が立ったまま説明を始める。


「神代さんはフランス、鳳城さんはシンガポール。両者とも世界ダンジョン協会を通じて正式な依頼を受けており、滞在先のホテルが最後の目撃情報となっています」

「世界ダンジョン協会からの依頼か……」


 俺はソファへ深く座り直した。


「その依頼自体が偽物だった可能性は?」

「高いと思います。現地支部の記録では、依頼を発行したはずの担当者が、いずれも『知らない案件だ』と関与を否定しています」


 文月の返答に、鉄華が大きく目を見開く。


「だ、誰かが協会の内側から記録を弄ったってことっすか……!?」

「そうですね……少なくとも、外部の人間だけで用意できる罠ではありません」

「つまり協会内にスパイがいるとぉ……むぅ、厄介ですねぇ」


 文月はこくりと頷いて、資料を一枚めくる。


「二人が消息を絶ったのはおよそ二日前。時刻には二十分ほどの差しかありませんでした。偶然とは考えにくいです」

「そりゃ、まあな」


 世界第3位と第4位が、別々の国でほぼ同時に消えた。

 どちらか片方だけなら、突発的な事故という線もあったかもしれない。

 だが二人となれば、何者かの計画的な犯行と考える方が自然だ。


「ホテルに手がかりは?」


 俺が問うと、文月は首を横に振る。


「何の痕跡も残されていませんでした」


 文月の返答に、鉄華の眉間へ皺が寄った。


「へ、変っすよ……! もし誘拐とかだとしたら、あの二人が何の反抗もできずにやられちまったってことっすか……!? そんなの、ありえないっす!」

「それはそうですが……」


 ライラの力を間近でみた鉄華だからこそ、信じられないのだろう。

 だが、やりようはいくらでもある。


「鉄華」

「はいっす――って、わたたっ」


 机の上にあった水のペットボトルを鉄華に投げ渡す。

 鉄華はそれを数回お手玉してからキャッチした。


「それ旨いぞ。飲んでみろ」

「え、本当っすか! ありがとっす!」


 キャップを回して口を付け、そのままごくり。

 三口ほど飲んだところで、鉄華は「ぷはっ」と口を離した。


「別に、普通の水だったっすけど……?」

「それ毒入ってんだよ」

「うえええええ――!?」

「冗談だ」

「――ええぇぇ……? な、何でそんなタチの悪い嘘をっす……」


 怪訝な表情をする鉄華。

 俺はこくりと頷いて、皆の方へ向き直る。


「とまあ、こんなふうに。世界ランカーとはいえただの人間だ。無敵のスーパーマンってわけじゃないし、いくら警戒したって騙し討ちも完全には防げない」

「あ、そういうことっすか……」


 まともに戦う前に動きを封じられた。

 あるいは、戦うという選択肢そのものを奪われた。


「パッと思いつくものだと、薬物とか人質とかだな」


 俺が呟くと、文月が頷いた。


「二人は何らかの方法で無力化された……そう考える方が自然でしょう」

「となってくると完全な犯罪行為なんだが、警察はどこまで動いてる?」

「既に各国の警察、情報機関、ダンジョン協会へ協力を呼び掛けています」


 久世会長が両手を膝の上で組み、その問いに答えた。

 いつも通り穏やかな声だったが、その目は笑っていない。


「ですが先ほど話題に上がったように、協会内部に裏切者がいる可能性が高い。そこで我々としては、信頼できる者だけで小規模の捜索隊を結成したいと思っています。捜索隊のメンバーは、協会職員から私と文月さん、それに加え……」


 久世さんが続ける。


「朝比奈さん、鷹峰さん、そして御影さんに頼みたい。あの二名を同時に失う事は、世界全体の危機と言っても過言ではありません。どうか、ご協力ください」


 その言葉に、真っ先に反応したのは鉄華だった。


「……世界の損失だとか、そういう話はよぉーく分かるっす」


 鉄華が太い腕を組む。

 押し殺した声に、苛立ちが滲んでいた。


「だけど、それ以前に二人ともアタシの姉弟子だ! どこの誰が攫ったか知らねえが、絶対に許さねぇ! ぶっちめてやるっす!」

「……そうですねぇ」


 朝比奈も、珍しく笑みを消していた。


「私にとっても大切なお二人ですからぁ、当然ご協力させていただきますぅ」


 そして、こちらに流し目を向ける。


「……ね? 先生ぇ?」

「当然だ」


 俺は力強く頷く。


「全身全霊をかけて、二人を探し出す」

「皆さん……本当にありがとうございます」


 久世会長は深々と頭を下げた。


「そうだ、夕凪は誘わないのか? 世界を飛び回って探すんだろ? アイツの力は必須だと思うが……」

「もちろんお願いしてますよ。今日ここに居ないのは、もう一人の協力者を呼びに行ってもらっているからでして」


 文月が資料を閉じて答える。


「もう一人……」


 嫌な予感がした。

 文月は眼鏡の位置を直し、俺を見る。


「3位と4位が失踪したとくれば……分かるでしょう?」

「……げ」


 思わず声が出た。

 鉄華がこちらを見る。


「アニキ、なんか嫌そうっすね?」

「嫌ってわけじゃないけど……」

「じゃあ、なんでそんな顔してるっすか?」


 自分では普通の顔のつもりだったが、どうやら失敗していたらしい。

 ため息をつきながら俺は答えた。


「……苦手なんだよ」

「苦手?」


 鉄華が首を傾げる。

 朝比奈も不思議そうに瞬きをした。


「先生が、ですかぁ?」

「ここに集まった皆さんと同じく、お弟子さんの一人だと伺っておりましたが……」


 久世会長は心配そうな表情をこちらに向けてくる。

 皆気になってるっぽいけど、俺は説明する気はない。

 どうせ、会えば分かるから。


 ――ぐにょん


 その時、執務室の中央に黒い染みが浮かんだ。

 空中に浮かんだ影が円形に広がって、その向こうから少女が現れた。


「よばれて、とびでて……いかりゃく」


 夕凪だった。

 こちらを見つけるなり、真っすぐ俺のところへ歩いてくる。


「ぱぱ」

「パパじゃねえけど、元気してたか」

「ぶい」


 夕凪は俺のすぐ隣へ立つと、袖を掴んだ。

 そして次に、白い外套をまとった女が、静かにゲートから現れた。


 絹のように滑らかな長い銀髪に、太陽みたいに輝く金の瞳。

 透き通るような白い肌に、整いすぎて冷たさすら感じさせる美貌。


「相変わらず、雰囲気あるなぁ……」


 世界ランキング第2位――月詠(つくよみ) 雪禰(ゆきね)だ。

 月詠は部屋の中に降り立つと、他に目もくれず俺の方へ歩み寄ってくる。


「……よ、久しぶりだな」


 その圧に負け、先に声を掛ける。

 すると月詠の金の瞳が大きく見開かれた。

 次の瞬間、彼女は四肢を地面につけ、深く頭を下げた。


「お久しぶりでございます、仁様……!」

「お、おう……」

「このたび御前(みまえ)(はべ)る栄誉を(たまわ)りましたこと、心より御礼申し上げます……!!」

「そ、そんな大げさなもんじゃないから。普通に来てもらっただけだから」


 月詠がゆっくりと顔を上げる。


「私にとって……この私にとって……! 仁様よりお声を掛けていただく以上の栄誉はございません……!」

「いや、別に俺が声をかけたわけじゃ……」

「な……!?」


 月詠は愕然として夕凪を見る。

 夕凪はこてんと小首を傾げた。


「……かんちがい。てへ」

「そ、そんな……!」

「あー! でも丁度来てほしかったんだよ! ホント! 月詠を呼ぼうとしてたトコだったんだよな!」


 月詠から暗黒のオーラが噴き出すのを感知した俺は、慌ててカバーに入る。

 すると彼女の表情からふっと毒気が抜けた。


「そうでしたか……仁様もご健勝のご様子。何よりでございます」

「ま、まあ元気だよ」

「以前にも増して御姿に深みが生まれ、御身より放たれる威光も一層強く――」

「いや出てない。威光は出てないから」

「そんな事は御座いません。私には眩く輝く白光が見えます」

「だとしたらマジで眼科に行け。ヤバめの病気だそれは」


 俺は冷や汗をかきながら必死にツッコミを入れまくる。

 だけど本人はどこ吹く風。

 コイツといるとこうなるから大変なんだよ……。


 ため息をつき、ちらりと横を見る。


 鉄華は口をあんぐり開けていた。

 朝比奈は口元へ手を当てたまま、困ったように笑っている。

 久世会長は何かを察した顔で、そっと視線を逸らした。

 文月はうんうんと小さく頷いている。


 どうやら全員、理解してもらえたらしい。


「そもそも仁様の御姿を視認すること自体が烏滸がましいのではと――」

「ま、とりあえず、座ってくれ」

「はい仁様」


 月詠は俺の正面へすとんと腰を下ろした。

 その座り方一つにも隙がない。

 膝を揃え、背筋を伸ばし、両手を静かに重ねている。


「じゃ、文月。本題に入ってくれ」

「承知しました」


 文月が月詠へ向き直る。


「月詠さんもご存じでしょうが、神代さんと鳳城さんが行方不明になっています」

「うん。聞いたよ」

「そこでお聞きしたいんですが、ここ一週間ほどの間に、身の回りで不審な出来事はありませんでしたか? 月詠さんも狙われていてもおかしくないんですが……」

「一週間で不審な出来事……」


 月詠は少しだけ考え、無表情のまま答えた。


「――薬物を摂取させられそうになったことなら、三度ある」

「「「「「えっ」」」」」


 室内の全員が、同時に視線を向けた。


「い、今、薬物って言いましたか……!?」

「うん」


 文月の問いに月詠は淡々と答える。


「一度目は任務後に渡された飲料。二度目は宿泊先の食事。三度目は街中のイベントで配っていた飴」

「どうしてそれが薬物だと分かったんですか……?」

「保管して調べさせたら、強力な睡眠作用が確認されたから」

「先に言ってくださいよ!」


 文月が声を荒げた。

 だが、月詠は悪びれもせず言う。


「私単独を狙ったものだと思っていたから。それに、あの二人がこんな手に引っかかるとも思えなかった」

「……それで」


 俺は月詠を見る。


「あの二人は恐らくこんな手に引っかかったわけだが、月詠はどうして気づいた? 味か、それとも匂いか?」

「薬物は非常によくできたもので、まったく違和感はありませんでした」

「……渡してきた奴が怪しかったとか?」

「いえ、特には」


 月詠は静かに首を横へ振る。


「私が気づいたのは――心中の仁様より神託を賜ったからです」

「……何だって?」

「『口にするな』と。仁様が仰ってくださいました」


 執務室に沈黙が落ちた。


 誰も動かず、何も発さず。


 ただ時計の秒針が、カチコチと時を刻んでいた。


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