第52話 玉座に相応しいのは②
本話後半は『エリオ・ヴァレンティ』視点で進行します。
ゲートを抜けると、山の青臭い風が頬を撫でた。
外で待機していた協会職員たちから安堵の声が上がり、その中を朝比奈が真っ先に抜けてくる。
「お疲れ様でしたぁ、先生ぇ、ライラさん、鷹峰さん」
「おう。ただいま」
「ただいま帰還したっす!」
「ぷはーっ! 良い空気!」
ライラは両手を広げて大きく息を吸ってから、ライブスフィアに向き直る。
「というわけで! 三人とも、無事に帰ってきましたー!」
『おかえりー!!』
『全員無事! 良かった!!』
『凄かったぞマジで!!』
『仕事休んでこの配信見てよかった!!』
『【速報】視聴者1億人突破【伝説】』
『ちょwww 1億はヤバいwwwwww』
『ほぼ日本の国民じゃねーか……』
盛り上がるコメント欄。
ライラが大きく手を振って、そのまま締めに入る。
「じゃあみんな、またねー!」
職員が近づいてきて、スフィア背面のパネルを開けて何やら操作した。
すると、赤いランプがふっと消える。
同時にコメント欄も消滅し、職員はぺこりと頭を下げた。
「配信終了しました! 皆さん、本当にお疲れさまでした!」
その言葉を聞き、俺はようやく肩の力を抜く。
「ふいー……終わったぁ」
「はい皆さぁん、治療しますよぉ」
朝比奈の『生命の大樹』が淡い緑光となって三人を包み、小傷と消耗した魔力をみるみる癒やしていく。
誰も大きな怪我をしていないからか、光はすぐに収まった。
「元気百倍! もう一回行けるっす!」
「行かねえよ」
「ボクも行けるよ?」
「行かねえって……人の話聞け、マジで」
職員たちの笑い声が響く中、協会の送迎車が到着した。
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俺たち四人を乗せた車が山道を下っていく。
しばらくすると、道路脇に人影が見え始めた。
下るほどその数は増え、やがて警察が規制線を張るほどの人だかりになる。
スマホを掲げる者、子供を肩車する親、「ありがとう」と書いた紙を持つ者。
どうやら皆、俺たちの出迎えをしてくれているらしかった。
「すげえっすね……こんなに、目に見えて反響があるのは初めてっす」
鉄華が窓の外を見つめる。
その時、ライラが運転手へ声をかけた。
「ちょっと停めてもらっていい?」
「あ、はい。そこで停めますね」
車がゆっくり静止する。
「降りるんですかぁ?」
「うん。待っててくれたんだからね」
ライラが車を降りた瞬間、歓声が湧いた。
彼女はにぱっとアイドルスマイルを見せ、飛んでくる声に応えていく。
その最中、人混みから幼い少女が警官の間をするりと抜けた。
「ライラちゃん……」
「こらキミ! ダメダメ、早く戻って――」
「いや、大丈夫だよ」
ライラは警官を制し、少女の前にしゃがむ。
「どうしたのかな?」
「あのね……昨日、こわくて寝れなかったの」
「うん」
「テレビで、すごくあぶないって言ってて……でも今日、はいしん見たの」
少女はそこで、ふわっと表情を和らげる。
「ライラちゃんたち見てたら、こわくなくなった」
「ふふ、そっかそっか」
「あと、ライラちゃん、すっごくかわいかった!」
「ほんと? ありがと!」
ライラもとびっきりの笑顔で答え、少女の頭を撫でた。
少女は嬉しそうに母親のもとへ戻っていく。
「見られることも、救助になる……か」
俺は車内からその光景を眺めながら、今朝の言葉を思い出していた。
ダンジョンを攻略したら終わりだと思っていた。
だが、カメラに向かって笑顔を見せることで、市民の不安を取り除くこともできるらしい。
「……ライラが正しかった」
まさか、アイツに教わることになるとはな。
そんな言葉を、心の中で呟いた。
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翌朝、徳島阿波おどり空港。
俺と鉄華、朝比奈は東京へ戻るため搭乗口へ向かっていた。
「うー……帰りたくなくなってきた……」
「先生ぇ、逃げちゃ駄目ですよぉ」
朝比奈にぴしゃりと叱られる。
ニューヨークの晩餐会からほとんど直行で徳島に来た俺には、仕事二件分の報告や後処理が待ち受けている。
エントランスホールの阿波おどり像を眺めながら、俺はため息をついた。
「――それじゃあ、ボクはそろそろ行くね」
ライラがぴたりと足を止める。
彼女の行き先は別だ。
空港の外には専用ヘリが待っており、このまま海外へ飛んで次の仕事らしい。
「売れっ子は大変だな」
「ふふん。世界3位兼スーパーアイドルなので!」
得意げに胸を張ったあと、ライラはふと表情を変えた。
「……仁くん。ちょっとだけいい?」
「俺?」
ライラはこくりと頷く。
「それじゃ、アタシらはお土産でも見てくるっすか」
「いいですねぇ。会長と文月さん用ですかねぇ」
朝比奈と鉄華が先へ行き、俺たちは窓際に残った。
「……昨日の最後なんだけどさ」
ライラが話し出す。
昨日の最後……と言うと、ダンジョンボスとの戦いのことだろうか。
俺が考えていると、ライラはこちらに真剣な青い瞳を向けた。
「あれ、仁くんでも倒せたよね?」
問われ、思い当たる。
俺はボスの防御を全て払いのけたのち、最後の一撃をライラに任せた。
彼女はその時の事を言っているのだ。
「……まあ、あそこまで崩れてたら何とかなったとは思うけど」
ボスの腕を縛るのとは別の影を出して攻撃する。
あるいは、自分自身で懐に飛び込んで攻撃する。
思い返してみると、やりようはいくらでもあった。
「じゃあ、なんでボクに譲ったの?」
「……譲った?」
本気で意味が分からず聞き返すと、ライラが小さく息を吐いた。
「やっぱり無意識なんだ」
「丁度良い位置にお前がいたから任せたんだ。そっちの方が綺麗に決まるだろ?」
「それ」
ライラが真っ直ぐ俺を見る。
「これ、ボクのわがままなんだけどね。ボク、仁くんから功績をもらいたいわけじゃないんだ」
「功績って……」
「昨日だって、鉄華ちゃんとボクが好きに戦えたのは仁くんが全部支えてくれたからでしょ。最後にあいつの守りを崩したのだって仁くんだよ。それなのに、決める瞬間はボクたちを前へ出す」
無意識だ。
別に意図してそうしてるわけじゃない。
だが、言われてみると、確かにそうかもしれないと思った。
「ボクは仁くんの活躍を見たい。それで、一緒に喜びたいんだよ」
少し間を置いて、さらに続ける。
「世界ランク1位――空白の玉座だって同じ。ボクは、仁くんこそが相応しいってずっと思ってきたし、再会してより確信できた」
「んな大層な……」
「功績も、勝ちも、自分の場所も。誰かに譲らないでよね」
示し合わせたみたいに、麗華と同じような事を言う。
どうやら俺が思っている以上に、弟子達は俺に色々な思いを抱えているらしい。
「……分かったよ」
ライラが少し目を見開く。
「お前の言ってること、ちゃんと考えるって約束する」
すると、ようやくライラの顔にいつもの笑みが戻った。
「じゃあ次に会う時、1位になってるの楽しみにしてるね!」
「いや、考えるって言っただけだからな!?」
「へへっ! 仁くんのこと信じてるから!」
ライラは悪びれもせず笑った。
「じゃ、またね!」
大きく手を振り、ライラは専用ヘリの方へ駆けていく。
遠ざかる背中をぼんやり見送っていると、十歩ほど進んだところで、ぴたりと止まった。
「……ん?」
ライラが振り返り、こっちへ全速力で戻ってきた。
「忘れ物しちゃった!」
「忘れ物……?」
俺は周囲を見る。
さっきまで立っていた辺りにも、それらしい物は落ちていない。
「何忘れたんだ?」
「大事なもの!」
「……あん?」
なんだ。
俺がきょろきょろしていると、ライラがもう一歩、距離を詰めた。
ふわっ。
頬に、柔らかい感触。
「……は?」
ほんの一瞬だった。
顔を離したライラの頬は、ほんのり桃色に染まっている。
朝の光を受けた金髪がふわりと揺れ、青い瞳は細められていた。
「……へへ。十二年ごしの、忘れ物でした」
誤魔化すように笑う。
「じゃ、今度こそまたね!」
「お、お前な……」
俺が何か言うより先に、ライラはくるりと踵を返した。
金髪を跳ねさせながら、軽い足取りでヘリへ駆けていく。
「……ったく、アイツは」
頬に残った感触を意識しないようにしながら、俺は小さくため息をついた。
誰にも見られてないといいけど……。
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「ふーん……なるほどね」
薄暗い研究室で、ブロンドの長髪をなびかせる少年――エリオ・ヴァレンティは、椅子の背にもたれながらタブレットを眺めていた。
画面を埋めているのは、とあるダンジョンの攻略に関するネットニュースだ。
『”敗北”ではなかった――世界12位・鷹峰鉄華。決死の撤退、その真相』
(くだらねー……負けは負けだろ)
エリオはつまらなそうに記事を読み進める。
途中に貼られた映像には、巨大なオーガを真正面から殴り飛ばす、オレンジ髪の長身女の姿が映っていた。
「……結構やるじゃん。ま、オレのがつえーけど」
興味なさげに画面を前に戻し、その次の記事を開いた。
そしてまた、動画を再生する。
「問題はこっちだな」
蝶のような光翼。
無数の星光を従え、笑いながら魔物の群れを蹂躙する少女。
世界ランキング第3位――神代ライラ。
「コイツも、世界4位と同類の化け物だ」
ブラッドオーガの群れをものともせず、最後には巨大なボスを一撃で撃ち抜いた。
「……お兄ちゃん」
隣から小さな声がした。
自身と同じく、淡い金髪の妹――セレネ・ヴァレンティだ。
セレネが持っているタブレットを手渡してくる。
「この人も、強いと思う」
「コイツは……」
映っていた男に、エリオは見覚えがあった。
「確か、晩餐会にいた奴だな。会長の代理だとか言ってたけど……ダイバーなのか」
記事には、目立つ二人の影に隠れた仁の功績が讃えられていた。
二人の死角を補い、ボスの攻撃を捌きったと。
『世界ランカー二名を率いた男。その真価は如何に』
そんな大層なタイトルの記事を、セレネは真剣な面持ちで見つめている。
エリオも改めて映像を見て、顔をしかめた。
「地味だな」
感想、以上。
影に隠れてこそこそ戦う、冴えないおっさん。
神代ライラのような殲滅力も無ければ、鳳城麗華のような迫力も無い。
そこでふと、頭をよぎる。
(世界3位とも、4位とも知り合いって事か……?)
自分が追い求める、空白になったままの世界1位。
恐らくそれに該当する人物は、上位3名に深く関わりのある人物である……というのが、エリオの予想だった。
エリオは画面に映る中年を数秒眺め、鼻で笑った。
「……まさかな」
世界1位だぞ。
もっとこう、いるだけで誰より強いと分かるような奴だろう。
王様みたいに偉そうにふんぞり返って、自分以外の全員を見下しているような。
他人の後ろで忙しく世話を焼いている男では、どうにもイメージが合わない。
「やっぱ、1位は上位三人に直接聞かなきゃな」
――ゴゴゴゴッ……。
その時、背後から重い駆動音が響いた。
研究室の奥で、巨大な装置に次々と灯りが点っていく。
「なあ、博士?」
装置の操作盤に向かっていた老人が、ゆっくりと顔を上げた。
「……ああ。丁度できたぞい」
無数の計器を確認し、満足そうに口元を歪める。
「――『太陽炉心』、強化の準備がな」
装置の中心で、眩い白光が脈打った。
これにて『鬼籠野ダンジョン編』終了です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
次話からは世界を揺るがす大事件に仁たちが巻き込まれていきます。
暗躍する双子、そしていよいよ登場する現代最強のダイバー。
様々な思惑が絡み合って、本作のタイトルに直結する出来事も起こります。
ぜひ、お楽しみに!




