↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/66

第51話 ばっきゅーん

 巨大な石扉が音を立てて開く。

 中には円形の空間が広がっていた。

 そして中央に、それは鎮座していた。


「……でけえっすね」


 鉄華が素直な感想を漏らす。

 俺も同意だ。

 立ち上がれば、五メートル……いや、六メートル近いかもしれない。


 赤黒い皮膚に盛り上がった筋肉。

 頭部から伸びる湾曲した二本角。

 その姿だけなら、道中で散々見てきたブラッドオーガの延長線上にも見える。

 だが大きく異なる部分がひとつ。


「いち、に、さん……六本だね」


 ライラが目を細める。

 左右の肩口から、三本ずつ。

 合計六本の腕が生えていた。


 上の二腕には巨大な一振りの刀。

 中央の二腕は、それぞれ戦斧と金棒を握っている。

 残る下の二腕だけは素手だったが、その拳は俺の頭よりでかい。


 六本腕の、武装したブラッドオーガって感じだ。

 六本腕オーガ……いや、呼びづらいな。


『なにこれ』

『腕多くない!?』

『六本???』

『四妖拳ならぬ六妖拳か』

『阿修羅みたい』

『今までの奴より明らかにヤバそう』


 ライブスフィアの横では、コメントが凄い勢いで流れている。

 その中で俺は一つのコメントに目を付けた。


「……よし、『アシュラオーガ』と呼ぼう」

「おっ! 強そうな名前っすね!」

「仁くん、真剣な顔してふざけてない?」


 完全なる濡れ衣だ。

 道中に出るザコと違って、ボスは固有個体のため呼び名が無い。

 一人で戦うならいざ知らず、チームで共闘する時には、呼び名を共通認識として持っておいた方が良いのだ。


「さて、アニキ」


 鉄華が拳を握る。


「行っていいっすか?」

「あ、ボクも行っていい?」

「……待てって言っても行くだろ、お前ら」

「もちろんっす!」

「とーぜんっ!」


 二人ともらんらんと目を輝かせている。

 俺はため息をつきながら、「行ってこい」と頷いた。


「ただし無茶すんなよ。何かあったら――」

「――グオオオオオオオオッ!!」


 言い終わる前に、アシュラオーガが吠えた。

 壁面の魔石が細かく鳴り、床に積もっていた砂塵が一斉に浮き上がる。

 大木のような六本の腕が、大きく広がった。


「っしゃあ! やったるっす!」


 鉄華は地面を蹴って、一気に間合いを詰める。

 迎え撃つようにアシュラオーガが金棒を振り下ろした。

 鉄華は身体をわずかに横へずらし、床を砕いた金棒の脇を擦り抜ける。


「――うぉらぁっ!」


 右拳を腹へ叩き込む。

 ズンッ、と空気が揺れた。

 六メートル近い巨体が、鉄華の拳に押されてたたらを踏む。


「硬ぇな……! 最高じゃねえか!」


 鉄華が嬉しそうに歯を見せる。

 そして、その頭上から。


「お次はボクだよ!」


 弾んだ声が降ってきた。

 見上げれば、ライラが光の羽を大きく広げて宙を舞っている。

 周囲を巡っていた星々が、彼女の手の動きに合わせて一斉に軌道を変えた。


「いっけー!」


 光が降る。

 正面から十数発。

 左右から回り込むように、さらに倍。

 眩い光弾の群れが、夜空を走る流星みたいに尾を引きながらアシュラオーガへ殺到した。


「グォオッ!」


 だが、向こうも黙って受けるほど馬鹿じゃない。


 上側の二本腕が動いた。

 巨大な刀が風を裂き、正面から迫った光弾を次々と叩き落としていく。

 刃と光がぶつかるたびに白い火花が散り、薄暗いボス部屋が激しく明滅した。

 あれだけ速いライラの弾幕を目で追って、迎撃している。


「へえ……!」


 ライラが空中で楽しそうに笑う。


「それならこっちはどう?」


 指先が、くるりと円を描いた。

 真正面から攻めていた星々が散る。

 そして刀の間合いを避けるように左右へ膨らみ、アシュラオーガの背後へ回り込んだ光が、今度は死角から一斉に襲いかかる。


「グォオオオオッ……!」


 肩口で光が爆ぜた。

 遅れて脇腹。

 さらに背中。

 連続した衝撃に巨体が揺れ、その隙を鉄華が逃すわけもない。


「よそ見してんなよ!」


 低く潜り込む。

 金棒が横薙ぎに迫ったが、鉄華は勢いを殺さない。

 上体を深く沈めて鉄塊の下を掻い潜り、そのまま懐へ身体ごと突っ込んだ。


 ――ドォン!


 肘が腹へ突き刺さる。


 ――ドゴォン!


 続けて拳。


 ――ドッカァン!


 さらに反対の拳。

 一撃ごとに雷鳴みたいな音が響き、アシュラオーガの巨体が少しずつ後ろへ押し込まれていく。


『姐さん止まらねえええ!!』

『ライラの弾幕と同時に殴ってる!?』

『ボス攻撃する暇なくない?』

『もはや人間側がズルに見えてきた』

『腕六本あるんだからいいだろ』


 その通りだ。

 現状、鉄華とライラが押してはいる。

 だがアシュラオーガも完全にやられっぱなしではない。

 鉄華の猛攻を金棒と素手で捌きながら、上の二本腕ではライラの光を斬り落としている。そしてまだ、腕が二本余っていた。


「……!」


 鉄華が息を呑んだ。

 アシュラオーガの拳が大きく振り上げられたからだ。

 鉄華は今まさに次の攻撃を始めようとしたところ。

 ここから避ければ、せっかく掴んだ攻勢を一度手放すことになる。


「――そのまま行け!」

「っ! はいっす!」


 俺は叫び、影の魔法を放つ。

 闇が岩床を滑り、アシュラオーガの右拳に絡みついた。


「流石に重いな……!」


 だが、負けるわけにはいかない。

 俺がこの押し相撲に敗北した瞬間、鉄華に拳が振り下ろされることになる。

 可愛い愛弟子に、そんな痛みを味わせたくはない。


「ぬ……おおおおおおおっ!」


 歯を食いしばって魔力を強める。

 アシュラオーガの右拳は、空中で完全に固定された。

 その攻防の中、鉄華は一度も頭上を見なかった。


「――うぉらぁあああああっ!」


 アッパーがアシュラオーガの胸板へめり込み、巨体を再び大きく仰け反らせる。


「助かったっす、アニキ!」

「礼は後でいい! まずは目の前に集中しろ!」

「うっす!」


 いい返事だ。

 次の瞬間には、もう鉄華は追撃へ入っている。

 六本腕のうち二本が、その鉄華を押し返そうと伸びた。

 そして同時に、別の一本が床へ食い込んだ。


「……っ?」


 何を、と思った時には、岩床が抉り取られていた。

 人ひとりどころか、車でも潰せそうな岩塊。

 アシュラオーガはそれを片手で持ち上げると、空中のライラへ向かって力任せに投げつけた。


 ライラは当然見えているし、避けられるだろう。

 だが回避へ移れば、今続けている弾幕がわずかに薄くなる。

 その隙を、わざわざ作ってやる必要はない。


「――ライラ! 無視していいぞ!」

「やったー! りょーかいっ!」


 俺は影で巨大な刃を作って射出する。

 狙いは、ライラに向かって飛来する岩塊の中央。


 ――ズバッ!


 黒い影が走り、線を引くように真っ二つに割れた。

 左右へ分かれた岩が、ライラの脇を轟音とともに通過する。

 金髪がその風圧で激しくなびいた。


「仁くん、ありがと!」


 笑顔のまま両腕を広げる。

 周囲の星々がさらに速度を上げた。

 さっきまでとは比べ物にならない数の光が、正面だけでなく、上から、左右から、背後から、複雑な軌道を描いて襲いかかる。


「ウゴォアアアアアアアッ!!」


 アシュラオーガは雄叫びを上げながら、大太刀を振り回した。

 二発、三発、四発五発と光弾を弾いていく。


「――ガグッ……!」


 だが、六発目が肩を撃ち抜いた。

 続く七発目が太腿、八発目が腹。

 防いでも防いでも、別の角度から光が差し込んでくる。


「流石だ。火力で押し切ってんな……っと!」


 言うやいなや、視界の端で戦斧が閃いた。

 狙いは俺。


「おらっ!」


 腕から影を伸ばし、壁状に展開して防御する。

 攻撃を受けた瞬間、全身に衝撃が抜けた。

 影の壁が大きくひずむ。


 その向こうで、六本腕がまた別々に動き出していた。

 鉄華へ拳。

 ライラへ太刀。

 そして俺へ、今度は金棒。


「忙しいな、おい……!」


 息つく暇もない。

 鉄華へ伸びる腕を影で絡め取る。

 太刀は刃の腹へ影を叩きつけ、空中で軌道を逸らした。

 そして目の前に迫る金棒へは、影を正面へ集め――いや、受けるな。


 一歩、前へ。


 斜めに伸ばした影刃を金棒へ当てる。

 真正面から力比べをせず、その勢いを横へ逃がす。

 金棒は俺の肩口を掠め、床へ深々とめり込んだ。


「鉄華!」

「はいっす!」


 待ってましたとばかりに鉄華が跳ぶ。

 金棒を振り抜いた直後の空いた顎へ、足裏をめり込ませる。

 サマーソルトキックだ。

 アシュラオーガの頭が跳ねる。


「ライラ!」

「任せて!」


 上体が反ったボスへ、数十の光弾が流れ込む。

 胸板に白い光が連続して弾け、巨体がとうとう大きくよろめいた。


『え……?』

『ちょっと待って』

『御影さんヤバすぎじゃない?』

『世界ランカー二人のこと完全に操ってる』

『二人ずっと暴れててカッケーって思ってたけど、この人のおかげだったのか』

『「足引っ張らないように頑張る」って言ってた奴の動きじゃねえ』

『俺たち、伝説の始まりを目撃してるのかもな……』


 流れるコメントが目の端に入る。

 いやいや、そんな大層なことじゃないって……と反論したいが、今はそんな余裕もない。


「ガァアアアアアアッ!」


 アシュラオーガがひときわ大きく咆え、大太刀を振りかぶる。


「させるか!」


 床を這っていた影が一気に跳ね上がり、オーガの太刀へ絡みついた。

 ぎり、と。

 アシュラオーガの膂力に引きずられそうになりながらも、影はしっかりと刀を床に縫い留める。


 それを振り払おうと、残る四本の腕が身体の後ろへ回る。

 俺はその時を待っていた。


「はあっ!」


 黒い影が四本の手首へ巻きつき、さらに肘へ絡みついていく。

 六本の腕をまとめて力で押さえ込む必要なんてない。

 ほんの一瞬、防御へ回れなくすればそれでいい。


「ライラ、今だ!」

「――っ!」


 上空のライラが、ほんの一瞬だけ目を見開く。

 けれど驚いたのもそこまでだった。


「オッケー!」


 すぐに、いつもの眩しい笑顔へ戻る。

 背中の光翼が大きく羽ばたいた。

 その瞬間、周囲を舞っていた星々が、まるで合図を待っていたかのように動きを変える。


 無数に散っていた光球が、ライラの周囲に吸い寄せられるように集まり始めた。

 一、五、十、三十……数える意味なんて、途中からなくなる。

 空中を自由に飛び交っていた光が一点へ収束するにつれ、輝きはさらに強く、鋭くなっていく。


 薄暗かったボス部屋が白く染まった。

 壁に埋まっていた紫色の魔石も、今ではその存在すら分からない。


「す、すっげぇ……」


 鉄華が小さく漏らす。

 ライラはその光の中心で、両手を前へ突き出した。

 親指を立て、人差し指を伸ばす。

 拳銃の形だ。


 それから、ライブスフィアへちらりと視線を向け――


「――ばっきゅーん♡」


 ぱちんとウィンク。

 次の瞬間、視界が真っ白に染まった。


 まさに、一直線。

 収束した高密度の魔力光線が、アシュラオーガの胸部を貫く。

 遅れて、腹の底まで震わせる衝撃音が、ボス部屋いっぱいに炸裂した。


 やがて光と音が収まり、薄暗い広間がその輪郭を取り戻す。

 アシュラオーガの胸には、向こう側の景色が見えるほど、大きな穴が穿たれていた。


 巨体がぐらりと揺れる。

 そのまま前へ傾き……。


 ――ズズンッ!


 アシュラオーガの身体が倒れ伏し、衝撃で砂塵が床一面へ広がっていった。

 

「……ふう、終わったな」


 俺は息を吐き、ちらりとスフィアを見た。


『うおおおおおおおおおおお!!!!』

『倒したああああああああ!!』

『ライラァァァァァァ!!』

『鉄華姐さん最高!!!』

『御影さんもヤバすぎるだろ!!』

『三人強すぎ!!!』

『これ本当にボス戦だった? 圧倒的に見えた』

『最後の大技えぐすぎる』

『パンツ撃ち抜かれた』


 コメント欄が爆発していた。

 文字が次から次へと流れ、まともに追うのも難しい。


『昨日ニュースで「攻略困難の可能性」とか言ってなかった?』

『朝から日本終わるみたいに煽ってたの何だったんだよw』

『いや昨日S級五人重傷だったんだから警戒は必要だっただろ』

『必要以上に煽るのは違うだろ』

『「終末」みたいなテロップ出してた局あったぞ』

『ニュースより配信見てる方が百倍安心できる』

『こういうのを最初から見せてほしかった』

『ライラちゃんありがとう!』

『姐さんもありがとう!!』

『御影さんもお疲れ!!!』


「凄ぇ勢いだな……」


 まあ、そりゃそうか。

 昨日からテレビをつければ不穏な話ばかり。

 誰も勝てないだとか、日本終末の危機だとか、そんな言葉を延々聞かされてきたんだ。

 安堵の気持ちでいっぱいだろう。

 

「みんなーっ!」


 ライラは光翼を広げたまま、くるりと身体を回した。

 金髪が光の粒を散らしながら舞う。

 そして、ライブスフィアの真正面へ。


「ちゃーんと見てくれてたー!?」


『見てたあああああ!!』

『最高だった!!!』

『見ててよかった!』

『もう安心した!』

『今日はちゃんと寝れそう』

『ありがとう!!』


「えへへ! よきよき!」


 ライラが満足そうに笑う。

 さっきまで六本腕の化け物と戦っていた人間とは思えないくらい、いつも通りのアイドルの顔だった。


「だって約束したでしょ?」


 カメラへ向かって、もう一度。

 ぱちん、とウインク。


「――ちゃんと勝って帰るって!」


『ライラァァァァァ!!』

『☆\(≧▽≦)/☆\(≧▽≦)/☆』

『世界3位!! 最高!!』


 その横では鉄華も黙っていない。


「っしゃああああっ! リベンジしたっすぅううううう!!」


 右拳を天高く突き上げる。


『姐さあああああん!!』

『姐さんも最高!!』

『お前がナンバーワンだぁああああ!』


「……はは」


 元気だな、二人も視聴者も。

 俺はようやく肩の力を抜き、ゆっくりと息を吐いた。


 さすがに少し疲れた。

 魔力だって、それなりに使ったからな。

 でも、悪くない疲れだ。


「二人とも、お疲れさんだ」

「お疲れっす、アニキ!」

「お疲れ、仁くん!」


 鉄華がく嬉しそうに笑う。

 ライラも、いつものように笑った。


 ……ただ、ほんの一瞬。

 その青い瞳が、真剣な視線を俺に向けてくる。


「どうした?」

「……ううん、何でもないよ」


 問いかけると、ライラは視線を外した。

 またライブスフィアへ顔を向け、ファンへ手を振り始める。


 その向こう。

 コメント欄ではまだ、世界中から歓声が絶え間なく流れ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。