第50話 後方腕組み師匠面
「――うぉらぁああああっ!!」
ブラッドオーガの顔面へ鉄華の拳がめり込む。
鈍い音……なんてもんじゃない。
大砲でもぶっ放したみたいな轟音がして、三メートル近い巨体が宙へ浮いた。
「まだまだぁっ!」
吹っ飛んだ一体には目もくれず、鉄華は次へ飛び込む。
オレンジ色の長髪は、放出された魔力に煽られて逆立っていた。
右から振り下ろされた巨腕を半身でかわし、その懐へ。
踏み込み、腹へ一発。
「っしゃああああああ!」
オーガの身体がくの字に折れた。
そのまま鉄華は腰を回し、続けざまに肘を叩き込む。
二体目も岩壁まで一直線。
『姐さんかっけえええええ!!』
『姐さんの配信初めて見たけど、めっちゃ迫力あるwww』
『オーガがスライムみたいに飛んでく』
『ぶっ飛ばせぇええええ!』
「もっと本気で来いやぁあああっ!!」
鉄華の口元で、八重歯がきらりと光る。
楽しそうだなぁ。
「「「グオオオッ!」」」
左右から二体と、前から一体。
普通なら囲まれたと冷や汗をかく場面だが、鉄華の場合は違う。
「いいねえ!」
むしろ嬉しそうに笑って、一体目の拳へ真正面から自分の拳をぶつける。
衝突した瞬間、空気が爆ぜた。
オーガの腕が弾かれる。
そこへ鉄華が潜り込み、頭突きで身体をかち上げる。
「おらぁあああああ!」
その身体を蹴り飛ばし、横から迫っていた二体目へぶつける。
絡み合って倒れたところへ、三体目。
鉄華は地面を蹴った。
「ふんっ!」
一瞬で間合いを潰し、顎を下からぶち抜く。
また一体、宙を舞った。
「根っ性がねーんだよ根性がぁ!」
「ガウゥ……」
オーガにヤキ入れてる奴、初めて見たな。
だが、これが鉄華だ。
昔から群れるのを好まないザ・一匹狼。
戦い方も見ての通り、前へ前への超特攻型。
邪魔な障害物は有無を言わさずぶっ飛ばす。
戦いへ深くのめり込むほど、こいつは強くなるんだ。
下手にチームを組ませると、その方がやりづらい。
そんな鉄華が、昨日は自分より力の劣る四人を守りながら、ここを抜けた。
昔はジャックナイフみたいだった彼女が、一人も置いていかなかった。
「……立派になったもんだ」
ちょっと感慨深い。
と同時に。
「昨日、死ぬほどストレス溜まったんだろうなぁ……」
今の暴れっぷりを見ると、よく分かる。
「――お次はこれだぁっ!」
ふと、上からライラの声がする。
見上げると、彼女は背中の光翼を揺らして宙を舞っていた。
「えーいっ!」
「グオォッ!?」
――ドドドドドドドドッ!!
爆光、そして爆音。
地上のオーガ共に対し、無数の光球が雨のように降り注いだ。
「フィニッシュ!」
くるりと石床へ降り立つライラ。
彼女の背後には、『オーガの群れだったもの』の残骸が散っていた。
顔と掛け声は可愛いのに、技のむごさが半端ない。
だが画面の向こうのファンたちには、それも関係ないようで――
『ライラああああああ!!』
『今日ずっと可愛い!!』
『戦闘中なのに顔が一ミリも曇らないのヤバい!!』
『つよかわクイーンだ!!!!』
変わらぬ盛り上がりを見せていた。
ちらりとウィンドウを確認すると、視聴者数は既に5000万人を突破していた。
「皆見てくれてたーっ!?」
画面に向かってぱちっとウィンク。
こっちもこっちで楽しそうだ。
鉄華は殴るのが楽しい。
ライラは見られるのが楽しい。
結構なことじゃないか。
「うんうん、楽しめ楽しめ」
せっかく二人がノリにノッてるんだ。
俺は邪魔しないようにしよう。
そう思いながら、伸ばした影をブラッドオーガの首へ巻きつける。
「――ガッ!?」
軽く引くと、巨体が後ろへひっくり返る。
そこへ槍状に変えた影を立たせ、頭をぐさりと貫いた。
死体を引っ張ってきて俺の背後にぽいっと投げる。
「さて、次」
広間右奥の方。
鉄華に気を取られている個体がいる。
俺はその足元へ影を滑らせ、両脚をまとめて縛る。
「ガァッ!?」
バランスを崩したところへ、影の刃でジョキンと首を切る。
別々になった体と頭を引っ張って、また自身の背後に捨てる。
鉄華が躓くといけないからな。
「んーと、次は……」
ライラへ飛びかかろうとしている奴がいる。
「危ないぞ、と」
影でぐるぐる巻きにして地面に転がす。
そのまま圧殺。
ずるずると引っ張ってくる。
撮影の邪魔になるからな。
「お、ボーっとしてる奴みっけ」
「うちの鉄華の邪魔するなよな」
「カメラ隠すと炎上するぞー」
なんて呟きながら、魔法を放ってオーガの処理を続ける。
これぞ、後方腕組み師匠面だ。
……まあ、俺はこんな役割でいい。
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「どっせぇぇええええい!」
鉄華の拳が、ブラッドオーガを岩壁へ沈める。
「はい、終わりー!」
ほぼ同じタイミングで、ライラの光弾が別のオーガを撃ち抜いた。
「っしゃあ! 口ほどにもねぇな!」
「ふふーん! 最高のパフォーマンスだったかもっ!」
各々、しっかり満足そうだ。
鉄華は拳を鳴らし、こちらへ振り返る。
ライラは羽を畳んでふわりと降りてくる。
「やっぱ強ぇ敵と戦うのは気持ちいいっすね!」
「ねー! ボクもこんなに楽しいの久しぶり!」
「そうかそうか、そりゃよかったなあ」
にぱーっと笑う二人の愛弟子に、俺はうんうんと頷く。
何か、親心ってこんな感じなのかなって。
最近そんなことを思うようになってきた。
「そういや、アニキは何を――」
鉄華が改めてこちらに視線を向けて、そして止まった。
「どったの? ……って、え……?」
ライラも遅れて振り返り、ぴしっと固まった。
なんだ。そんなあり得ない物でも見るような顔して。
「どうした?」
「いや……アニキ、それ……」
鉄華が見ているのは俺ではない。
俺の背後だ。
つられて振り返ると、そこにはブラッドオーガの死体が積み上がっている。
「アニキ、一人でやったんすか……?」
「そんな事ある……? じゅう、にじゅう……三十はいるかも……」
「そうか?」
ざっくり見渡す。
んー。数は数えられんな。
身体がバラバラになってる死体もあるし。
まあ見た感じの印象だと、鉄華の方に転がっている死体の山を1とするなら、ライラは1.5くらい。俺は……2くらいかな。
「まあ、そんなもんだろ」
「なにが!?」
ライラが食いついた。
その声に反応して、今まで二人を広角で撮影していたライブスフィアが、くるりとこちらへ旋回する。
『え???』
『待って』
『後ろ何あれ』
『死体めっちゃあるんだけど』
『御影さん何してたの??』
『全然映ってなかったぞ!?』
『本当に一人でやったの?』
『ライラと姐さんより倒してない???』
『いつ????』
コメント欄も大騒ぎしはじめた。
「ほら!」
ライラがスフィアを指差す。
「みんな何したか分かってないじゃん!」
「別にいいだろ」
「よくないよ! せっかく配信してるんだから映りなよ!」
「嫌だよ」
「なんで!」
「前にちょっと映っただけで、えらい目に遭ったから」
思い出したくもない。
電車に乗ってるだけで、突然「パシャ!」って写真を撮られだすんだぞ。
あれは怖い。
『配信嫌がってて草』
『そういやあの騒動の時、街中で逃げ回ってる動画めっちゃ拡散されてたな』
『おっさんもっと映って』
『何したか見せろ』
『大事なのは結果じゃなく過程だ』
「ほらぁ!」
「いや、そもそも俺がやってたの、大したことじゃないし」
「うえぇ……!? アタシより倒してるっすけど……!?」
「数だけはな」
目を丸くする鉄華に、俺は肩をすくめる。
「お前らが討ち漏らしてた奴とか、死角に回ってた奴とか、邪魔そうな位置にいた奴とか、そういうのを摘んでただけ」
「摘んでただけって……簡単に言うっすね……」
「現に簡単だったぞ」
真正面から相手の攻撃を受けて、ぶち抜いて、押し切っている鉄華。
何十という光を同時に操りながら、広範囲の敵をまとめて沈めるライラ。
そっちの方がよっぽと負担が高いだろう。
俺はその影に隠れてこそこそやってただけ。
スカベンジャーとは俺のことよ。
「お前らのおこぼれにあやかった結果だな」
「おこぼれの量じゃない気がするよ……?」
「ま、細かい事はいいだろ」
「全っ然、細かくないっすよ……?」
二人して納得してない顔だ。
でも、本当にそうなのだ。
前で派手に暴れてくれる奴がいて、敵の目がそいつらへ向く。
だから俺は、その隙間を埋めればいい。
そう考えると、何だか昔を思い出すな。
特殊攻略部隊にいた頃は、前に出るのが得意な奴らばっかりで。
俺はその後ろをヒーヒー言いながら走ってた。
俺がサポートに回って、仲間たちを好き勝手に暴れさせる。
その方が、部隊は強かった。
ただ、今の俺ならば、あの頃よりも……。
「使えるようになったかな……多少は」
俺は小さく独りごちた。
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「……これだな」
しばらく通路を進んでいくと、巨大な石扉が現れた。
表面には不思議な文様が刻まれ、隙間から紫色の光が脈打つように漏れている。
近づくだけで、向こう側にいるボスの気配が伝わってくる。
「とうとう来ちまったっす……!」
鉄華が嬉しそうに言う。
「ああ、目的達成だな。それじゃ帰るか」
「「え?」」
二人の声が重なった。
「……何だよ」
「いやいやいやいや! 仁くんそりゃないよ!」
ライラが石扉を指差す。
「ここまで来て!? すぐソコにボスがいるんだよ!?」
「ここまで来たからだよ」
「アニキ! アタシ余裕っす! まだやれるっす! やらしてくださいっす!」
「えぇ……何でそんなやる気なんだよ」
鉄華は本当に元気そうで、息一つ乱れていない。
ライラも同じ。
魔法をばんばん撃ちながらここまで来たくせに、疲労の気配が微塵もない。
『行こう!!』
『ボス見たい!!』
『ここまで来たんだし!』
『余裕そうだしいけるでしょ』
『御影さん慎重だな』
『リーダーだから当然では』
『でも、どうせまたここに来るんでしょ? 一往復ムダじゃない?』
『それは言えてる』
コメント欄もすっかりその気だ。
「アニキ! お願いするっす~!」
「可愛い可愛いボクからのお願いだよ……!?」
「んなこと言われてもな……」
俺は石扉を見る。
まあ、正直、行けるとは思う。
以前、鑪ダンジョンで似たようなことがあった。
朝比奈率いるS級ダイバー数名とともに、このまま進んでも大丈夫だろうと判断し、結果として危機に陥った。
だから、こういう時に自分の感覚だけを信じるのはちょっと怖い。
ただ、あの時とは明確に違う事がある。
「……嫌な感じが、しねえんだよな」
扉の向こうにいる奴が弱いとは思わない。
むしろここまでの敵を考えれば、相当な化け物が待っているだろう。
それでも、負ける場面が思い浮かばない。
鉄華は絶好調で、ライラも余裕がある。
俺も温存していた分、しっかり動ける。
エース二人を前に出して、俺が後ろから支える。
……多分、普通に勝てる。
「でもなぁ……」
調査は調査だ。
勝てそうだから勝手に倒しました、で済ませていい仕事でもない。
その時――
『――御影さん、聞こえますか』
「おっ」
腰の通信端末から声がした。
外部に待機している職員だ。
「どうした?」
『東京支部の文月さんから伝言です』
「伝言?」
『はい』
一拍。
『ここから先は先生の判断に任せます。会長の許可も得ています。……と』
え、何でボス部屋に着いたの知ってんだ?
と一瞬だけ困惑して、そうだ配信してるんだったとすぐ気づく。
『撤退、攻略継続、どちらでも構わないとのことでした。それでは通信は以上です』
ザッとノイズのような音がして、通信が途切れる。
「一番困るやつだなぁ……」
俺は腕組みしながら呟いた。
いっそ、決めてくれた方が楽なのに。
「仁く~ん……!」
ライラが俺を見る。
「アニキィ……!」
鉄華も見る。
二人とも、目をうるっうるさせてる。
なんだこいつら。
おねだり攻撃か。
「んー……まあ、退く理由もないな」
俺は扉の前へ立った。
「うし、行くか」
「っしゃあ!」
「やった!」
ま、世界最高レベルの戦闘力を持つ二人だ。
きっと大丈夫だろう。
両手を扉につけると、ひやりと冷たい感触が伝わってきた。
「さて、ボスとご対面――」
言いながら、俺は石扉を押し開けた。




