第49話 ライラ! ライラ! ライラ!
紫色の光が視界を覆う。
身体がふわっと浮くような感覚。
次に足が地を踏んだ時には、景色が一変していた。
「これは……酷いな」
思わずそう呟く。
鬼籠野ダンジョン・内部。
黒ずんだ岩壁に囲まれた幅広の洞窟が、奥へ向かって長く伸びている。
壁の隙間から魔石が鈍く光っているが、まず俺が気になったのは魔力濃度だ。
むせ返るほどに濃い。
濃厚な魔力が空気に混ざり、肌へまとわりついてくるような感覚がある。
息を吸えば、肺の奥まで何かが入り込んでくるような圧迫感。
身体を動かすだけでも、いつもよりわずかに抵抗を感じた。
「昨日もこんな感じだったのか?」
「うっす。入った瞬間からヤベえとは思ったっす」
鉄華は真剣な面持ちで首を縦に振った。
魔物と遭遇する前からこれか。
経験の浅いダイバーなら、この環境にいるだけでも調子を狂わされるだろう。
昨日の調査隊が苦戦したという話も、納得できる。
「へえーっ! 凄い魔力だなあーっ!」
そんな中、妙に楽しそうな声を出すのはライラだ。
両手を後ろで組み、周囲をきょろきょろ見ながら歩いている。
「こんなの、ボクでも初めてかもしんない! どんな敵が出てくるんだろう……わくわく、わくわく!」
心底楽しそうに、脇を開け閉めしている。
彼女だけ、遊園地にでも来ているみたいだ。
『ライラ余裕そうなんだけど』
『負けるな姐さん、おっさん』
『おっさん呼びは草』
『ダンジョン配信怖くてあんまり好きじゃないけど、ライラちゃんの回は見れる』
俺の隣をすーっと飛んでいるライブスフィア。
そのすぐ脇に投影されるコメント欄が、早くもざわついていた。
――ズン。
「……来たか」
足元が小さく揺れ、俺は視線を通路の奥に向ける。
――ズン。
今度は先ほどより近い。
暗い通路の向こうから、強い魔力の気配がこちらへ近づいてくる。
やがて闇の中から、五体の赤黒い影が現れた。
「……多いな」
現れたのは、三メートル近い巨体を持つ人型の魔物だった。
赤黒く分厚そうな皮膚に、異常に発達した肩と腕。
額からは骨の棘が飛び出し、歩くたびに太い足が地面を震わせている。
「ブラッドオーガか」
「昨日の奴らっす……! アイツら、また群れで……!」
鉄華が拳を握る。
ブラッドオーガたちは横へ広がって、通り道を完全にふさいでしまった。
『なにこれ……怖っ』
『俺が知ってる魔物と全然違うんだけど』
『デカすぎない?』
『これボスじゃないの……?』
『姐さんたち、こんなんと戦ってたんだ……』
まあ、そうなるよな。
DIVE-LIVEで普段配信されているのは、安全性が確認された低難度のダンジョンが中心らしい。
こんな、S級が命懸けで戦うような場所を見る機会なんぞ、まずない。
「じゃ、いっちょやるか」
俺は腰の剣に手をかけた。
隣では鉄華も拳を構える。
「昨日の借り、百万倍にして返してやるっす」
「ほどほどにな。挟まれないように気を付け――」
「待った!」
いざ動き出そうとしたその時、ライラが片手を上げた。
そのまま一歩前に出て、こちらへくるっと振り向く。
「ここは、ボクにやらせてほしい」
「……一人でか?」
「うん。ボク一人」
ライラが頷くと、鉄華は少し眉を寄せた。
「こいつら、結構強いっすよ?」
「知ってるよ。並のS級じゃ太刀打ちできないでしょ?」
「数もひーふーみー……五体もいるっす」
「見えてる見えてる」
「ほ、本当に大丈夫っすか?」
「鉄華、ここは任せよう」
俺が言うと、鉄華がこちらを見た。
「ライラなら何も心配ない」
「アニキがそう言うんなら、アタシは別にいいっすけど……」
鉄華は納得いっていない様子だったが、渋々引き下がる。
ライラは俺に向かって、満面の笑顔を見せた。
「ありがと、仁くん!」
そしてそのまま、ライブスフィアへ顔を向ける。
「じゃあ皆、ちゃんと見ててね!」
『見る見る!!』
『ライラ頑張れ!!』
『無茶しないでね!』
『一人で大丈夫!?』
応援と心配の声が一斉に溢れだす。
その時だった。
「――ライラ!」
鉄華が叫ぶ。
ライラの背後から、一体のブラッドオーガが拳を振り上げていた。
丸太みたいな腕。
まともに食らえば、人間なんぞ簡単に潰れる。
「危な――」
拳が振り下ろされる、その寸前で。
「よっと」
ライラの身体が、ふわりと浮いた。
巨大な拳が身体すれすれを通り抜け、岩床へ叩きつけられる。
ドンと鈍い音がして、地面が砕けた。
その粉塵の中を、ライラは軽やかに舞い上がっていく。
『飛んだ!?』
『うっそ』
『今の避け方何!?』
『危なかったあああ』
空中でくるりと身体を回し、ライラは笑う。
「皆、サイリウムの準備はいーい?」
そう言って、両腕をゆっくりと広げた。
「――『星々の祝祭』」
眩い光が弾けた。
「うおっ……眩しっ……!」
鉄華が目を細めながら言う。
最初に現れたのは、背中から伸びる二本の細い光の筋。
それが枝分かれし、幾重にも広がっていく。
やがて形作られたのは、蝶のように優美な二対の翅だった。
輪郭は透き通り、その内側を無数の光粒が流れている。
夜空の星屑をそのまま詰め込んだような姿だ。
「さあ、踊ろう」
ぽつり。
ライラの周囲に、一つの小さな光が灯った。
ぽつり。
また一つ。
ぽつり、ぽつり、ぽつり。
そのまた隣にも。
十、二十、五十……。
気づけば、数え切れないほどの光の球が、ライラを取り囲んでいた。
一つ一つが星のように瞬きながら、彼女の周囲をくるくると巡っている。
薄暗く、おどろおどろしい雰囲気の洞窟が、一瞬で別世界になってしまった。
『きたあああああああ!!』
『アストラル・パレード!!!』
『うおおおおおおお!!』
『ライラちゃあああああん(o'▽')o』
『ライラ!(o'▽')o ライラ!(o'▽')o』
コメント欄までライブ会場みたいだ。
「こいつら、訓練されてんなぁ……」
「す、凄ぇ兵隊たちっすね……」
俺と鉄華が引き気味に呟くと、ライラはこちらを見てにこっと微笑んだ。
「コメント盛り上がってるー!?」
「お、おう! バッチリだ!」
「やっふー! もっと盛り上げていくよー!」
宣言と同時、光翼が大きく開く。
すると、五体のブラッドオーガが一斉に動いた。
「――グォォオオオオオオッ!!」
一体が正面から跳び込む。
別の二体は左右から回り込み、残る二体が背後を塞ぐ。
三メートル超の巨体を持つ鬼たちの、絶望的な包囲網。
人間を潰すには十分すぎる陣形だ。
だが、ライラは満面の笑みを浮かべたまま滑空する。
「そんな攻撃あったんないよーっ!」
空中で身体を寝かせるように傾け、正面から迫りくる巨大な拳をすり抜けた。
ブロンドのショートヘアが風に煽られ、光翼が後ろから星屑の軌跡を描く。
「今度はこっちの攻撃だーっ!」
ライラの周囲を舞っていた光球の一部が、爆発的に加速した。
十数個の光が一体のブラッドオーガへ襲いかかる。
――ドォン! ドン、ドゴォン!
最初の数発が胸元へ突き刺さり、巨体を仰け反らせる。
さらに別方向から飛び込んだ光が膝を撃ち抜いた。
「グォッ……!」
体勢を崩したところへ、頭上から光の雨。
岩を砕くような衝撃音が連続し、その巨体が地面へ沈んだ。
「まずは一体!」
「グルオオオッ!!」
飛ぶライラを目掛け、左から別のオーガが腕を振り回す。
ライラは光翼を畳み、一気に高度を落とした。
頭上を巨大な腕が通り抜ける。
そしてすぐさま光翼を再展開し、相手の懐を擦り抜けながら上昇。
星の光が螺旋を描く。
「す、すっげぇ……踊ってるみたいっす」
俺の隣で鉄華が呟いた。
そうだろ?
アイツの動きめっちゃ癖あるんだよ。
俺も戦い方教えるの、かなり苦労したなあ。
「反撃ーっ!」
ライラの号令に合わせ、光球は四方八方から次々とオーガへぶつかっていく。
前を防げば背中へ。
ガードを上げれば横っ腹へ。
足を動かせば移動先へ。
まるで光そのものが意思を持っているようにオーガを急襲する。
「グアアアア……」
数秒と持たない。
二体目が膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。
「二体目! ぶいぶいっ!」
ライラはカメラへ向かってピース。
『こっち見たwwwwww』
『戦闘中だぞwwww』
『ファンサ助かる』
『余裕ありすぎて草』
『ライラ!(o'▽')o ライラ!(o'▽')o』
「もっとギア上げていっくよー!」
完全にライブだな。
残る三体のブラッドオーガが咆哮を上げ、同時に襲い掛かる。
ライラはその間へ自分から滑り込んだ。
「えっ!? まずいんじゃないっすか!?」
三体の拳が振り抜かれ、宙に浮かぶライラの身体に直撃する――。
――刹那、光翼がぱっと閉じた。
小柄な身体がくるりと縦に回転する。
ライラは三つの拳の僅かな隙間を抜けた。
――ドガァン!
ブラッドオーガ同士の拳が、互いの顔面へ叩き込まれた。
「グォッ……」
「ガァッ……」
「ガグッ……」
「ふふっ! 仲良しだね!」
ライラが笑ったところで、光球が雪崩れ込む。
三体の周囲を旋回しつつ、次々に身体を穿っていった。
「「「ガアアアアアッ……」」」
咆哮が重なる。
そして三つの巨体が、同時に崩れ落ちた。
「はい、五体!」
ライラは空中でくるっと回り、カメラへ笑顔。
「どうだったー?」
『最高!!!』
『ライラああああ!!』
『安心した!!』
『ダンジョン配信、もう何も怖くないわ』
『むしろ楽しくなってきたwwwwww』
「むふっ! よかったよかった!」
ライラは満足げに笑顔を浮かべた。
俺は改めて、その姿を見る。
光の羽を活かした高い機動力。
同時に何十という光球を操る広範囲殲滅。
それを一体に集中させれば高火力。
何でもできる。
ある意味、俺の『影操術』と似てるな。
形を変え、使い方を変え、状況に合わせて必要な力を出す。
ただし……。
「派手さも強度も段違いだな……」
昔から才能はあったし、まさにダイヤの原石って感じの少女だった。
それでも今のこれは、そんじょそこらの世界ランカーとは次元が違う。
まったく。
麗華といい、ライラといい。
「恐ろしい天才どもだな……」
俺がそう呟く間にも、ライラの周囲には無数の星が舞っている。
地面には倒れたブラッドオーガ。
ライラはカメラに向かって両手を広げた。
「みんなー! 楽しんでるー!?」
『最高ーーーー!!』
『かっわいいよおおおおおお!!』
『ライラ!(o'▽')o ライラ!(o'▽')o』
『マスコミが言ってたの嘘っぱちじゃん!』
『それな! 何が日本終末だよ!!』
『ライラー! もっと見せてくれーっ!』
「よーし! じゃあこの調子で進んでこーっ!」
数分前まで、誰もが恐れていたはずの未知のダンジョン。
それなのに。
「……完全にエンタメになっちまったな」
俺は呆れ半分、感心半分で笑った。




