第48話 【神回】鬼籠野ダンジョン攻略配信【必見】
徳島県神山町に突如として出現した、鬼籠野ダンジョン。
山間の道路を塞ぐように設置された規制線の向こうには、物々しい光景が広がっていた。
協会職員に救護班。
大型の機材車両が何台も並び、少し離れた場所では警察が報道陣を押し留めている。
そして、そのさらに奥。
木々に囲まれた斜面の一角に、紫色の光を湛えたダンジョンゲートが口を開けていた。
「――よし。じゃあ最後に確認な」
鉄華にライラ、それと朝比奈。
俺は集まった三人を見回した。
「今回の目的は攻略じゃなく再調査だ。慎重に内部を確認しながら進んで、ボスを発見したら戦わずに帰還。それで終了だ」
「うっす!」
「りょーかいっ!」
鉄華はガッツポーズを作り、ライラはぴしっと敬礼をする。
返事が良すぎて逆に不安だ。
「鉄華」
「なんすか?」
「今日の目的、言ってみろ」
「絶対にボスをぶっ倒してやるっす!」
「全然ちげえ」
俺がツッコミを入れると、鉄華が首を傾げる。
こいつ、ボケじゃなく天然で言ってんのか。
「ライラは聞いてたか?」
「あったり前じゃん! この道何年だと思ってんのさ!」
「言ってみ」
「鉄華ちゃんより先にボスを倒ーすっ!」
「こてこてのボケをすんなよ……」
「なっ! 負けねえっすよ!? アタシが先っすから!!」
「お前も張り合うな!」
今朝の作戦会議は何だったのだろうか。
横を見ると、朝比奈が口元を押さえて笑っていた。
「大変そうですねぇ」
「朝比奈からも言ってやってくれよ」
「頑張ってくださぁい」
「他人事だなあ……」
先が思いやられる。
その時、近くで準備をしていた職員から声が飛んできた。
「配信の準備が完了しました!」
「お、来たか」
機材ケースの上に置かれていた黒い球体が、ふわりと浮き上がる。
表面にいくつもの小型レンズや空間把握センサを備えた、ダンジョン配信用の撮影機材――『ライブスフィア』だ。
「今回は、一定の距離を保ちながら広角で撮影するモードに設定しています。戦闘中は、戦闘に参加している全員が画角に入るよう、自動で位置を調整します」
「へえ、そんな設定もあるんだな」
前回の蛇窪ダンジョンでは、監視のため俺を追従する仕様だった。
そのせいで戦闘時にぶつかったから、遠くから撮影してくれる方が良いかもしれない。
「あと、配信中のコメントはこちらに表示されます」
「コメント?」
スフィアの横に、半透明のウィンドウが投影された。
「今はまだ真っ暗だけど、配信の視聴者が色々書き込めるんだよー。『ライラちゃんかわいー!』とか『ライラちゃん最高にかわいー!』とかね」
「ほう、便利な世の中になったもんだ」
「アニキ、発言がお爺ちゃんみたいっす」
「うるせえな」
ライラがケラケラ笑う。
「では、十秒後に配信開始します!」
職員の声と同時に、スフィアの表面へ小さな赤いランプが灯った。
ライラが髪を軽く整える。
ほんの数秒前までくだらない事を言っていた彼女だが、背筋を伸ばし、覇気のこもった表情に変わった。
職員の指がカウントダウンする。
三、二、一……。
「――みんなーっ! おっはよー!」
開幕と同時、ライラがスフィアの真正面へ飛び出した。
「S級ダイバーの神代ライラだよ! 今日はなーんとなんと、話題沸騰中! 鬼籠野ダンジョンからお届けしまーす!」
眩しい笑顔で両手を振る。
すると、コメントウィンドウが爆発した。
『ライラああああああああああ!!』
『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『待ってた!!!』
『がっわいいいいいいいい!!!!』
『日本にいたの!? 嬉しすぎる!』
『今日も顔が良すぎる』
『朝から推し見れてタヒぬ』
『パンツ脱いだ』
『鬼籠野ってあのニュースでやってたとこ!?』
『ヤバ! 無茶だけはしないで!』
「うわっ」
文字が速すぎる。
瞬きする間に画面が全更新されていく。
「何だこりゃ……」
ふと、ウィンドウ右上付近の表示へ目を向ける。
同時視聴者数――1648万。
「……は?」
「どうかしましたかぁ?」
思わず声を裏返らせると、朝比奈がひょこっと横から覗いてきた。
「この同時視聴者数ってさ、どういうこと?」
「そのままの意味ですぅ」
「1500万人以上が見てるってこと?」
「そうですねぇ」
「多くねえ?」
「多いですけどぉ、まだまだ増えると思いますよぉ? 過去に類を見ない難度のダンジョンで、しかも神代さんがいるのでぇ」
「マジか……」
俺が絶句している間にも、ライラは涼しい顔でコメントを追っている。
『こっち見て!!!』
「はーい、見てるよー! ぴーすぴーす!」
『うぎゃあああかわいいいいいいい』
「ありがとっ! 普段よりセット頑張ってみました!」
『結婚してくれ』
「だめー! 心に決めた人がいるのだ!」
『!?!?!?!?』
『今なんて言った!?』
『†┏┛墓┗┓†』
『†┏┛墓┗┓†』
『†┏┛墓┗┓†』
『†┏┛墓┗┓†』
『†┏┛墓┗┓†』
「はい次のコメント行きまーす」
まったく淀みがない。
脊髄反射みたいな早さで返事をしている。
「……さすがだな」
「でしょ?」
カメラへ笑顔を向けたまま、俺にだけウインクしてくる。
世界各地を飛び回って、こうして何百万人、何千万人って人間に見られ続けてきた女だ。
ダンジョン攻略とは別方向で、俺なんぞとは場数が違う。
「それじゃあ今回の攻略を共にする、イカれたメンバーを紹介するぜーっ! じゃあ最初は鉄華ちゃん!」
「おう!」
呼ばれた鉄華が、オレンジ色の髪をなびかせながら前へ出る。
「鷹峰 鉄華だ! お前ら心配かけたな! だが二度は負けねぇからよ! 安心してアタシの姿を見てな!」
ライラみたいな営業スマイルは当然ない。
腕を組み、カメラを睨んで仁王立ち。
おいおい……んな無愛想にしたら――
『――姐さん!!!!』
『姐さんきたあああああああ』
『生きててよかった! つか相変わらずイカすぜ!!』
『昨日マジで心配したぞ! もう元気なん!?』
『かっけええええええええ』
『パンツ脱いだ』
『信じてるぞ姐さん!!』
『姐さん今日こそ頼む!!』
ええんかい。
ていうか鉄華の愛称『姐さん』なんだ。
まあピッタリな気がする。
パッと見、極道の女って雰囲気だもんな。
「……ったく、騒ぎすぎなんだよお前ら」
鉄華はそう言いながらも、口元を少し緩ませている。
分かりやすい奴だ。
「昨日はちっと後れを取ったが、今日は大丈夫だ! なんてったって、アニキがいるからな!」
『アニキ?』
『誰??』
『兄いたの?』
『誰の話?』
『アニキって何??』
『急に登場人物増やさないで?』
『姐さんが舎弟ってこと??』
コメント欄が一斉に疑問符で埋まる。
だが本人は、満足げに「んふー」と鼻で息をしていた。
鉄華の奴め……変な情報を流しやがって。
「じゃあ次、柚葉ちゃんよろしくっ!」
「はぁい」
朝比奈が横合いからカメラの前へ出る。
「朝比奈 柚葉ですぅ。私はここでお留守番ですねぇ」
淡い栗色の長髪を揺らし、柔らかな笑顔で軽く頭を下げた。
『ああ……柚葉様……』
『女神様が降臨なされた……』
『今日もお美しい……』
『朝比奈様がいるんなら安心だな……』
『今日も天使だ……』
『パンツ脱いだ……』
『声聞くだけで安心する……』
こっちも凄い。
ライラや鉄華が火なら、朝比奈は水というか。
熱狂の種類は違うが、流れていくコメントの数では負けていない。
「ふふ。ありがとうございますぅ」
朝比奈は嬉しそうに手を振った。
「……人気だなぁ」
「ありがたいですぅ」
本人はいつも通りだ。
つーか、みんな配信慣れしてんな。
ライラや朝比奈はともかく、鉄華もそんな感じなのビックリしたよ。
天然か? 天然でやってんのか?
などと考えていると、ライラがこちらを見る。
「最後は今回のリーダーでっす!」
手をひらひら振って、俺の方を示した。
俺はスフィアの後ろから、ライラに向かって目を細める。
「俺もやるのか……?」
「当たり前でしょリーダーなんだから! ほら、皆待ってるよ?」
ライラはちょいちょいと指でコメントウィンドウを指す。
俺は「はいはい」とため息をつきながら、カメラの前へ回った。
じっとカメラを見つめる。
いや、出てきたはいいけど……何を言えばいいんだ、これ。
みんな何を喋ってた?
えーと……あ、まず名前か。
「み……御影 仁だ。今回、一応リーダーをやることになった」
頭を掻きながら言うと、コメントの勢いが明らかに失速していく。
『一応ってなんだよ』
『ちょっと緊張してて草』
『世界ランカー二人いて、このおじさんがリーダー?』
『年長者だからな、まとめ役だろ』
『みんな知らないの? ちょっと前までトレンド入ってたよこの人』
『あー、蛇窪の人か。懐かしいな』
『もう忘れられてて草』
何だよ。
他三人と温度差ありすぎるだろ。
パンツ脱げや。
「あとは……意気込みか。えー、二人の足引っ張らないように頑張るんで、よろしく」
『この二人の引率大変そう』
『キャベジンおすすめだぞ、よく効く』
『腰やるなよ』
『準備運動してから入った方がいいぞ』
俺だけ応援の方向性違うんだよな。
同情と憐みでコメントが構成されてる気がする。
「――おい! アニキに失礼なこと言ってんじゃねえぞ!」
鉄華が急に割って入ってきた。
「いや、ちょ、別にいいから」
「アニキはめっちゃくちゃ強ぇんだ! そこらのオッサンと一緒にすんなよな!」
「鉄華……!」
『アニキきた』
『アニキ=御影さん?』
『世界12位がアニキって呼んでるのか』
『何者なんだこのおっさん』
『昔ワルだったとか?』
「ややこしくなるから黙ってろ……!」
「わわっ!? お、押さないでほしいっす!」
俺は鉄華をずずずと押しのけながら、画面からフェードアウトする。
すると、ライラが肩を震わせながらカメラの前にやってきた。
「ずーっとここで喋ってたい気持ちはやまやまですが! そろそろ攻略に出発したいと思いまーっす!」
ライラは配信の主導権を握り、カメラに向かって大きく手を振った。
うむ。それがいい。
早いとこ出発しよう。
これ以上ここにいたら、大して動いたわけでもないのに脇汗で服がべちょべちょになってしまう。
『頑張れー!!』
『みんな気をつけて!』
『絶対帰ってきて!』
コメントが一気に流れていく。
その中で、ライラは表情を柔らかくした。
「ダンジョンは怖いって思う人もいるかもだけど……ちゃんと見ててね」
さっきまでのアイドル全開の声から、少しだけ落ち着いた声音で言う。
そして、にかっと太陽のような笑みを浮かべた。
「ボクたち、バッチリ攻略してくるからさ」
コメント欄がまた勢いを増す。
やっぱり、こういうのはライラに任せるのが一番だな。
ちらっとウィンドウの視聴者数を確認する。
俺たち三人は、3489万人の視聴者に応援されながら、鬼籠野ダンジョンへ足を踏み入れた。




