第46話 ボクからのプレゼント♡
「鉄華……」
病室の扉を開け、名前を呟く。
白いベッドの上で鉄華は眠っていた。
顔には酸素マスク。
身体のあちこちが固定され、太い腕に点滴の管が伸びている。
いつもなら、病室のベッドなんぞ窮屈だと文句を言いそうな大女が、今はやけに小さく見えた。
「……調査隊の他の四名は?」
「重傷ですが、命に別状はありません。現在は意識も取り戻しています。ただ……」
看護師は続ける。
「問題は鷹峰さんです。複数箇所の複雑骨折、内臓破裂、それと……重度の魔力枯渇になっています。ここまで症状が絡み合うと、自力での回復は不可能。最悪の場合、後遺症が残ることも考えられます」
「……そうか」
俺はベッドの横に立った。
鉄華の顔には大きな傷がついていて、上からガーゼで止血されている。
いつもの彼女なら「ツバつけときゃ治るっす!」とか言いそうなもんだが、流石に今回はそんな元気も無いらしい。
「……いけるか、朝比奈」
「頑張りますねぇ」
「ああ、頼む」
俺の背後にいた朝比奈が、鉄華の上で両手を重ね合わせた。
「――『生命の大樹』」
唱えると同時に、淡い緑の光が鉄華の身体を包み込む。
青白かった顔色に少しずつ血の気が戻っていき、モニターに表示されていた数値も、ゆっくりと安定していった。
「……ふぅ。もう大丈夫ですぅ」
数分後。
朝比奈が息を吐き、手を下ろした。
「全部治ったのか?」
「ひとまずは。怪我の治療と魔力の補給を行いましたぁ」
朝比奈は少し困ったような顔をする。
「ただ、しばらくは目を覚まさないと思いますぅ。身体が元に戻っても、疲労は消えませんからぁ」
「そうか、ありがとな」
「いえいえ。それじゃあ、お次の方に参りましょうかぁ」
「……ああ」
血色の良くなった頬を見て、俺は安堵のため息を吐く。
そして朝比奈の後について、一歩踏み出そうとした……その時。
「……ん?」
腕を掴まれた。
弱い力だが、確かに引っ張られている。
「鉄華……お前、意識が……!?」
振り返ると、鉄華の目が薄く開いていた。
「……アニ……キ……」
「おい、無理するな」
酸素マスク越しに唇が動く。
俺は看護師を見た。
「容体も安定しているようですし……少しだけなら」
看護師が頷く。
俺はそっと酸素マスクを外した。
「っは……すん、ません、っす」
掠れた声だった。
「何がだよ」
「ち、調査……なんも……見てこれ、なかった……」
言葉が途切れる。
「アニキの、手を……わずらわせて……」
「鉄華」
「もっと……やれたはず、なのに……っ」
「鉄華……! もういい……!」
止めても、彼女は続けようとする。
「みんな……怪我させて……アタシが――」
俺は身体を屈め、鉄華を抱きしめた。
鉄火は橙の瞳を大きく見開く。
「アニ、キ……?」
「全員、生きて連れ帰ったんだろ」
「……」
「一人も置いてこなかった」
「……うん」
「お前は本当に凄い奴だよ」
「う、ぅ……!」
腕の中で、鉄華が僅かに震えた。
「お前は調査隊全員を助け、そのうえで、自分自身もしっかり生きて帰ってきた」
俺なんかとは大違いだ。
そう、心の中で付け加える。
「俺はお前を誇りに思う」
「っ……へへ」
鉄華は子供みたいな顔で、力なく笑った。
「あ、アニキに……褒められたっす……」
「いくらでも褒めてやるさ。だが、今日はもう休め」
「へへ……へ」
そのまま目を閉じる。
すると、数秒も経たないうちに。
「すぅ……すぅ……」
「早ぇな」
朝比奈が小さく笑った。
「ふふ、安心したんですよ」
「……そうかね」
俺は鉄華をそっとベッドへ戻す。
酸素マスクをつけ直し、病室を出た。
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「文月さんから連絡が来てます」
病室を出たところで、朝比奈がスマホを見せてきた。
「ああ、俺んとこにも来てるな」
内容はほぼ同じだった。
調査隊の治療が終わったらホテルへ。
長時間の移動直後であり、明日以降攻略に挑む可能性も高い。
今のうちに休んでおけ。
という、俺たちを労う内容だ。
「鷹峰さんも、動けるのは早くて明日以降ですねぇ」
「今日はもう休むしかないってことか」
俺は首を回す。
ニューヨークから日本、そこから羽田でヘリに乗り換えて徳島。
正直、疲労は溜まっている。
「それと……今回は、俺と鉄華と、もう一人で潜るらしい」
「もう一人ですかぁ?」
朝比奈ではない事は確かだ。
彼女は稀有な回復系統の魔法を有しており、ダンジョン攻略は基本的に禁止されている。
「文月が手配してるらしいが、誰だろうな」
国内で今すぐ動ける世界ランカーなんぞ――
「あの、御影さんでいらっしゃいますか?」
声をかけられた。
振り向くと、病院の職員が困った顔で立っていた。
「外に、その……報道関係者の方々が大勢来ていまして」
「報道関係者……ですか」
「ええ。その、お二人が到着されたことも、もう知られているようで」
「げ……マジかぁ」
「可能でしたら、どちらか少しだけ対応していただけないかと……」
俺はちらりと横の朝比奈を見る。
「私は他の四名の治療もありますのでぇ」
「……だよなぁ」
大きく肩を落とした。
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「――御影さん! 今回のダンジョンについてどうお考えですか!」
「世界12位の鷹峰鉄華さんでも撤退しています! 攻略は可能なんでしょうか!」
「先日の協会不祥事に続き、また国民の安全が脅かされています! 現在の協会に対応能力があるとお考えですか!」
病院を出た瞬間、マイクにカメラに人、人、人、人、人……。
「近い! もう少し下がれってば!」
押し寄せてくる報道陣に、思わず身体をのけ反らせる。
警備員が間に入ってくれてはいるが、それでも凄い数だった。
「御影さん! 世界ランキング12位含む調査隊五名が重傷です! この事態をどう受け止めていますか!」
「どうって、全員生きていてよかったなと」
「そういう事ではなく、攻略失敗の事実についての質問です!」
「そうだな……」
俺は少し考えてから答える。
「まだ本人たちから事情を聞いていないから何とも言えないが、ダイバーに責任がないことだけは伝えておく。彼女たちは、生還するという最大のミッションをやり遂げた」
「では、今回の作戦に問題があったと?」
「いや、そういう意味じゃ……」
駄目だこれ。
何答えても変な方向へ行くやつだ。
「御影さんご自身なら攻略できる自信はありますか!」
「まだ中見てねえから分かんない」
「攻略できない可能性もある、と!」
「……そうは言ってねえけど、否定はできない」
「おい聞いたか! 日本終末の危機だ!」
「いや、そんな不吉なこと言わなくても……」
俺の額に汗が浮かぶ。
ダンジョンより難しくねえか、これ。
「今回のダンジョンは、既存のS級という枠組みを超えているのでは、という情報もあります。攻略可能なダイバーは存在するのでしょうか!」
「いや、だからまだ何も――」
答えようとした時、ポケットのスマホが震えた。
「すまん、ちょっと」
逃げるように取り出す。
表示された名前は……久世。
日本ダンジョン協会の会長であり、俺にとっては、旧攻略部隊時代を共に生き抜いた仲間でもある。
「もしもし」
『御影さん。お疲れさまです』
いつもの穏やかな声だった。
『大変なことになっているようですね。生中継を確認しています』
「あー、まあな。……ダンジョンより厄介だよ」
『ふふ、貴方にとってはなおさらだ』
笑われた。
『無理にすべて答えなくて大丈夫ですよ』
「……いいのか?」
『もちろんです。今はまだ、分からないことの方が多いですから』
柔らかな口調のまま、会長は続ける。
『御影さんも朝比奈さんも長旅の後です。今日は休むのも仕事ですよ』
「そう言ってくれて助かるよ」
『では、続きはこちらで対応しておきますね』
通話が切れた。
俺はスマホをしまう。
「というわけで、今日はここまで!」
「え?」
「解散! 病院の迷惑になるから帰った帰った!」
「御影さん! まだ質問が!」
俺は頭を下げ、そのまま報道陣に背を向けた。
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「はぁぁぁ…………」
ホテルのシャワーを止める。
久しぶりに、人間に戻った気がした。
ニューヨークで晩餐会に参加し、そこから十何時間だかの飛行機。
やっとこさ帰国できたと思ったら、そのまま徳島へヘリ輸送されてマスコミ対応だ。
「疲れた……」
身体より、気持ちが。
こんな日はアルコールに逃げるに限る……のだが、明日は攻略になる可能性が高い。
さすがにやめておくべきか。
「珍しく健康的だな、俺。偉いぞ」
なんて冗談めかして自分に言って、適当に身体を拭く。
腰にバスタオルを巻きながら浴室を出た。
そして、ベッドへ腰かけ――。
「……ん?」
ピタッと歩みを止める。
誰もいないはずの俺のベッドが、こんもりと膨らんでいたからだ。
「…………」
かけ布団の中央が、明らかに人一人分ほど膨らんでいる。
しかも、もぞもぞと動いていた。
嫌な予感しかしない。
これは、あれだ。
またあいつだ。
「朝比奈ってやつは……いい加減に――」
半ば呆れながら、かけ布団を剥いだ。
「しろ、よ……?」
言葉が途中で萎んだ。
布団の中から出てきたのは、朝比奈ではなかった。
枕の上に散らばる、無造作な金髪のショートヘア。
こちらを見上げる宝石みたいに澄んだ碧眼。
しなやかに引き締まった四肢と、無駄のない健康的な身体つき。
そして服は……着ていなかった。
なんでだよ。着ろや。
代わりに(何の代わりにもなっていないが)胸元と腰回りへ、真っ赤なリボンが巻かれている。
大きな蝶結びまで添えられて、完全なるプレゼント仕様だ。
「やっほー、仁くん!」
彼女はベッドの上で寝転がったまま手を上げた。
世界中のファンへ振りまいているものと寸分違わない、眩しい笑顔で。
「長旅お疲れさま! 頑張ってる仁くんに、ボクからサプライズプレゼントだよ♡」
「…………」
「ほら、受け取って?」
リボンの結び目を指でつまみ、悪戯っぽく首を傾げる。
俺はしばらく無言でその姿を眺めたあと、深く息を吐いた。
「なるほど……文月が言ってた『もう一人』はお前か」
世界ランキング第3位――神代 ライラ。
戦力としては申し分ない……というか、最高すぎる。
彼女がいてくれるのなら、攻略の成功率が跳ね上がるだろう。
「だけどな」
俺はため息をつきながら、濡れた髪をかきあげる。
「とりあえず今日は出てってくれ……」
「ええっ!? 返品不可だよ!?」
「頼んだ覚えもねえよ」
そう言うと、ライラは楽しそうに笑った。
「十二年ぶりに会えたんだから、そんなこと言わないでよ……♡」
「……はぁ」
痛み始めた眉間を押さえる。
長い一日がようやく終わると思っていたのだが、どうやら、まだ休ませてもらえないらしい。




