第41話 絶対なる女王
世界ランキング4位と5位の対決。
そんなものを目の前で見られる機会は滅多にない。
各国の要人も大企業の経営者も、年甲斐なく浮足立ちながら実演ホールへ流れていった。
「鳳城さん」
移動する人波の中、朝比奈が麗華へ恐る恐る声をかける。
「私でも流石に死人は治せないですよぉ……?」
「あら、死人だなんて。ただの模擬戦ですわよ? ふふふふふ」
「こ、怖いですぅ……! 目の奥まで笑ってください……!」
青筋を立てながら、口元に手を添える麗華。
朝比奈は俺の背後へ隠れてがたがたと震える。
一方、数分後に肉骨粉になるであろうエリオはというと、落ち着いた様子で俺たちの少し前を歩いていた。
そして、その後ろを静かについていく妹のセレネ。
彼女は相変わらず全身を衣類で隠したままで、その感情が一切見えてこない。
二人の華奢な後ろ姿を見つめながら、俺は麗華へ声をかけた。
「挑発されるたび相手してたら、身体がいくつあっても足りないぞ」
「まあ。私が挑発に乗ったとでも?」
「違うのか?」
「大間違いですわ」
さっきまでの作り笑いを消し、麗華は冷静に答える。
「日本ダンジョン協会の権威が揺らいでいる今、さらに弱さを見せるわけにはいきませんでしょう?」
「権威とは別ものだろ。あんなの、ただのいちゃもんだ」
「経緯や事実がどうであるかより、どう見られるかが重要になる事もありますのよ」
麗華はふうとため息をつく。
政治ってのは面倒だ。
勝手に言わせとけ……で終わるんじゃダメらしい。
「……大変だな、世界ランカーってのも」
「あら。今ごろ気づきまして?」
麗華が呆れたように俺を見る。
「弟子たちは、ダンジョンの中でなくたって、それぞれの国や立場を背負って戦っているのですわ」
「……その通りだな」
その言葉が少しだけ胸へ刺さった。
俺がトラウマから目を背けていた間も、彼女たちはずっと世界の最前線にいた。
師として誇らしくもあり、同時に自分が情けなくもある。
前言撤回だ。
「挑発に乗った」なんて、馬鹿な事を述べた自分が恥ずかしい。
彼女たちは本当に立派だ。
「ただし、それはそれとして」
麗華は前方のエリオをじっと見据えた。
「クソガキにお灸を据える必要があるのも、また事実ですわ……!」
……いや、やっぱ挑発に乗っただけかもしんない。
------
「これより、世界ランキング4位 鳳城麗華氏と、同5位 エリオ・ヴァレンティ氏による模擬戦闘を開始します」
アーサーの声が、広大な実演ホールへ響き渡った。
ホールの二階――すり鉢状に上がった観覧席から歓声が上がる。
「観覧席前方の巨大ガラスには、特殊な衝撃吸収機構を幾重にも織り込んであります。観覧席の皆さまにつきましては、一切の危険が及ばないことをお約束いたしましょう!」
「……だそうだ。上に行かなくて平気か?」
「私はいざと言う時に治療しないといけないのでぇ」
「なるほど、確かに」
俺と朝比奈は、実演ホール一階の入り口付近に来ていた。
観覧席じゃなくここに来た理由は……何となくだ。
セコンド的な。
ちなみにエリオのセコンド――もとい妹のセレナは、反対側の入り口にいる。
「――でもぉ……いざと言う時はぁ、守ってくださいねぇ?」
朝比奈は身を寄せ、上目遣いで、いっそう甘ったるい声を出してきた。
必殺・あざとさ百倍アタックだ。
「自分の身は自分で守れる女だろ、お前は」
「あん……もう」
俺は朝比奈を引っぺがした。
そんな見え透いた攻撃が効くと思うなよ。
「それでは、双方――」
「少しお待ちになって」
次の言葉へ移ろうとしたアーサーへ、麗華が片手を上げた。
「おや、どうかなさいましたか?」
「先ほどのパーティから立ちっぱなしで、少し疲れてしまいましたの」
「疲れ……ですか。ということは、やはり模擬戦はお止めに?」
観客席がざわつき始める。
しかし麗華は優雅に首を横へ振った。
「――椅子を一脚、用意してくださる?」
その言葉に、会場が静まり返る。
アーサーも一瞬だけ言葉を止めた。
「……椅子、ですか?」
「ええ、お願いしますわ」
当然のように頷く麗華に、誰もが困惑した。
観覧席の要人たちが顔を見合わせる。
だが対戦相手のエリオは、彼女の意図を理解したらしい。
みるみるうちに、その顔が険しくなっていく。
「……ナメてんの?」
「あら。何を仰っていますの? ただ椅子をお願いしただけですわ」
「戦う気あんのかって聞いてんだよ」
「もちろん、お手柔らかにお願いしますわ」
麗華は穏やかに微笑んだ。
「このっ……!」
エリオのこめかみに青筋が浮かぶ。
アーサーは数秒黙った後、小さく息を吐いた。
「……承知しました。おい、椅子を頼む」
「はっ」
スタッフへ合図を送ると、すぐに簡素な椅子が運ばれてきた。
それが実演フロアの中央付近へ置かれる。
麗華はドレスの裾を整えながら、優雅に腰を下ろした。
「本当にあのまま戦うつもりですかねぇ……?」
朝比奈が不安そうに俺を見る。
「ドレスを着たままなうえに、椅子にまで座ってますぅ」
「……まあ、服装も姿勢も関係ない能力だからな」
とは答えたものの、流石に舐めすぎだろ。
相手は世界ランキング5位だぞ。
分かってんのか、麗華。
「ふう……とても楽になりましたわ」
当人は足を組み、背もたれへ身体を預けている。
実にご機嫌そうだ。
「それでは、改めて――」
「もういい」
アーサーの言葉を、エリオが遮った。
その全身から白金色の光が漏れ始める。
「――『太陽炉心』!」
叫んだ直後、エリオの胸のあたりで何かが点火した。
すると膨大な魔力が噴き上がり、白金色の光が炎のように全身を包む。
「凄いですねぇ、とんでもない魔力の圧ですぅ」
「……ああ。力の発生源は、あの胸の光だ」
床が軋み、観覧席を守る強化ガラスが唸る。
アーサーの開始宣言を待たず、エリオが床を蹴った。
「ぶっ飛ばしてやる!」
轟音。
そして姿が消える。
次の瞬間には、麗華の右側へ回り込んでいた。
突き出された掌に、白金色の魔力が凝縮されている。
「避けないと死ぬぞ!」
エリオの掌から魔力の塊が放たれた。
まるでレーザービームのような光の奔流が、座ったままの麗華へ迫る。
「――『絶対なる女王』」
しかし麗華が呟くと、その軌道がぐにゃりと大きくカーブした。
「なっ……!?」
魔力の光――魔力砲とでも名付けよう――は、麗華の身体を避け、斜め下の床へ突き刺さった。
爆音とともにフロアの床が砕ける。
衝撃で麗華のドレスがわずかに揺れるが、本人はまったく動かない。
椅子に腰かけたまま、退屈そうに指で髪をいじっていた。
「お終いですの?」
「っ……そんなわけないだろ!」
エリオが地を蹴って跳躍する。
麗華の左に背後に上空に。
目で追うのも難しい速度で位置をあちこち変えながら、連続して魔力砲を撃ち込んでいく。
――ドォン! ドォン! ドォオン!!
しかし、その全てが麗華に届かない。
四方八方から飛来した光束は、明後日の方向へ逸れていった。
まるで麗華を中心に、見えないバリアが張られているようだ。
「相変わらず、規格外の魔法ですねぇ。魔力まで曲げられるなんてぇ」
「……まあ、進むものなら、大抵はな」
『絶対なる女王』。
一定範囲内の重力を支配する魔法だ。
物体を押し潰したり、落下させたり。
それだけじゃなく、攻撃そのものへ別方向の重力をかけ、先ほどのように軌道を逸らす事もできる。
麗華の支配する領域へ入った瞬間に、敵は自分の身体を動かす権利すら失ってしまう。
「だったら、直接ぶん殴るまでだ!」
遠距離攻撃は通じないと判断したらしい。
エリオの纏う白金色の光が、いっそう強く輝いた。
やっている事は、魔力を用いた身体強化に他ならない。
ダイバーなら誰でも使う初歩の技術だ。
しかし奴の魔法は、恐らく魔力量を爆発的に増強させるもの。
ただの徒手空拳が即死級の一撃に変わる。
「うおおおおおおおっ!!」
一直線に突っ込むエリオ。
その拳が、麗華の顔面へ迫る。
あと一メートル。
五十センチ。
二十センチ。
――ドゴォオオオオオン!
「カハッ……!」
直撃の寸前、エリオの身体が真下へ落ちた。
轟音とともに床が大きく陥没する。
エリオは巨大な鉄球に押し潰されるのを必死で堪えているかのように、四つん這いの姿勢で歯を食いしばっていた。
「く、そ……!」
「接近すればどうにかなると思って?」
麗華は椅子の上から静かに見下ろしている。
「ま、まだだ……!」
エリオの身体からさらに魔力が噴き上がる。
目が眩むほど光も膨れ上がった。
「まだ、負けてないぃ……っ!」
びし、と床に亀裂が走る。
エリオは重力に逆らい、少しずつ身体を持ち上げる。
「……へえ。流石ですわ」
「このっ……!」
エリオが出力を上げる。
さらに、さらに、さらに。
『太陽炉心』が生み出す魔力を全て身体強化へ注ぎ込みながら、麗華の重力に真正面から抗っていく。
「凄いですぅ……あそこまで押し返せるなんてぇ……」
「ああ。世界5位は伊達じゃないな」
エリオの両足裏が、完全に床を捉えた。
「ふっ……ぐぐぐ……! お、オレは……!」
膝を伸ばす。
背中を起こす。
全身の筋肉を屹立させる。
「――オレは勝たなきゃいけないんだぁぁああああっ!!」
咆哮と同時、とうとう真っすぐ立ち上がった。
「……大したものですわね」
麗華は感心したように目を細め。
「――子供にしては」
そして、くいっと人差し指を上へ向けた。
「なっ!?」
重力の方向が反転する。
エリオが限界まで上方向へ力を入れていたところへ、後押しするように上向きの重力が加わる。
「っ…………!!」
エリオの身体が、砲弾のように天井へ飛んだ。
凄まじい勢いで天井に激突し、建物全体が震えるかのような衝撃が起こる。
その状態のまま数瞬だけ静止し、やがてエリオは落下した。
その手足はだらんと脱力している。
意識を失っているのだろう。
床に激突する直前に、麗華が再び指を立てた。
重力を弱められたエリオは、ふわっと浮いて降下速度を落とす。
最後は、ほとんど音も立てずに横たわった。
『――そこまで! 勝者、鳳城 麗華氏!』
スピーカー越しにアーサーの声が響く。
遅れて、観覧席から大歓声が上がった。
麗華はようやく立ち上がり、こちらへ向かって手を振る。
本当に大した奴だ。
最初から最後まで、一度も椅子から離れることなく、世界5位を完封してしまった。
「朝比奈さん、治療をお願いしますわ!」
「はい!」
朝比奈が威勢よく返事をして、ホールの中へ駆け出す。
その時だった。
ホール反対側の入り口付近から、小さな影が飛び出した。
全身を黒い衣服で覆った少女。
世界ランキング6位、セレネ・ヴァレンティだ。
セレネは高速で兄のもとへ――いや、違う。
進路の先は麗華だ。
そしてその右手には、強い魔力が収束している。
「鳳城さん、後ろ――!」
朝比奈が叫んだ瞬間、俺は全力で床を蹴った。




