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第39話 M.I.R.A.G.E. ― ミラージュ

「まずは立食パーティですわ。各国の重要人物に挨拶をして回りましょう」

「あいよー……」


 次々と紹介されるお偉方に、俺はぺこぺこと頭を下げて回った。


 欧州連合の協会代表。

 米国政府のダンジョン関連政策担当。

 中東の魔石輸出企業の会長……などなど。

 

 喋る内容もだが、大変なのは相手によって自分の振舞を変えることだ。

 英語で話しかけられれば英語で、フランス語ならフランス語で応じる。

 国や宗教に合わせて食事・挨拶の作法も変える。

 ひーひー言いながら対応する俺を、横から朝比奈がじっと見ていた。


「何だよ、さっきからじろじろと」

「先生がちゃんと対応できるのが意外でぇ。苦手と仰っていませんでしたかぁ……?」

「ああ、苦手だよ。今すぐ路地裏の居酒屋に駆け込みたいさ」

「随分慣れているように見えますぅ。外国語もマナーもしっかりしていてぇ」

「苦手なのと、できないのはまた別だろ」

「ほえぇ……」


 朝比奈が目を丸くする。

 麗華も、じとっとした視線をこちらに向けていた。


「……貴方、どこでそれを覚えましたの?」

「まあ、人生色々あるんだよ」

「まったく答えになっていませんわ」

「長くなるからまた今度な」

「……その今度はいつ来るのかしら」

「お、ほら。また次が来たぞ」


 俺たち三人はさらに数人と挨拶を交わす。

 正直、もう誰が誰やら覚えきれていない。

 目の前の相手に失礼がないよう振舞うので精一杯だ。


 そんな事をしていると、やがてホール内に静かな音が響いた。

 澄んだ鐘の音だ。


「主催者から挨拶の時間ですわね」

「主催者……」

「パーティはダンジョン協会主催ですからぁ、その会長さんですねぇ」


 世界ダンジョン協会の会長。

 つまり、この世のダンジョン界を牛耳っている奴というわけだ。

 いったいどんな人間なのだろう。


「……猪熊みたいな奴だったらどうする?」

「その時はぁ、先生がお相手してくださいねぇ」

「あっ、お前ずるいぞ。俺だって嫌だよ」

「シッ。あちらを注目なさい」


 麗華が俺達の会話を制する。

 周囲の招待客たちも会話をやめ、ホール最奥の壇上へ視線を向ける。

 すると、照明がゆっくりと落ちていった。


 会長の挨拶が始まる。


 そう、思った瞬間。

 床が歪んだ。


「……は?」


 磨き上げられた大理石の床が、ごつごつした黒い石床へ変わっていく。

 白い壁や窓ガラスは見る影もなく、湿って苔むした岩肌が露出する。

 天上にあったシャンデリアも消え、代わりに青白い光を淡く放つ魔石が垂れ下がった。


「なんですか、これぇ……」


 朝比奈が強張った声を漏らす。

 困惑する俺たちの頬を、冷たい風が撫でていった。

 湿った土と苔の匂い。

 そしてどこからか水滴の音が響く。


「――ひ、ひぃっ! アレは何だぁ!?」


 招待客の一人が前方を指さす。

 慌てて視線を向けると、どこまでも続く薄暗い通路の奥から、赤い二つの光がこちらへ近づいてきていた。


『――グォォォオオオオオオオッ!!』


 腹の底まで震わせる咆哮が響き渡る。

 一斉に悲鳴を上げる会場の客たち。

 朝比奈が一歩前へ出て、魔力を練った。


「魔物!? どういう事ですかぁ……!?」

 

 俺は答えず、周囲を見回した。

 壁の質感、流れてくる空気の冷たさ、臭い、魔物の咆哮。

 どこからどう見ても本物に見える。


 パーティ会場が、ダンジョンに変わってしまった。


『グルルルォオオ……』


 やがてソイツは闇の奥から姿を現した。

 二足歩行の巨大なトカゲ。

 胸には傷だらけの革鎧を(まと)い、手には刃こぼれした石剣。


 ――リザードナイト。


 B級ダンジョンに生息する魔物だ。


「皆さんを避難させないとぉ……!」

「待て」


 飛び出そうとする朝比奈の肩を掴む。


「せ、先生ぇ? いったい何を……」

「落ち着きなさい、朝比奈さん」


 隣の麗華も動じていない。

 慌てふためく招待客の中で、俺たち二人は静かに魔物を見つめている。


「ですが魔物がぁ……」

「いるな、確かに。だけど魔力が無い」

「……へ?」

「この空間からも、あの魔物からも、一切の魔力を感じませんわ」


 麗華が静かに言った。

 朝比奈は周囲を見回し、それからハッとした顔をする。


「ほ、本当です……」

「ダンジョンなら高位だろうが低位だろうが、必ず空間そのものに魔力が漂っている。それが一切ない」

「つまり……偽物ですかぁ?」

「そういう事になりますわね」


 しかし、そんなことに気づくはずもない周囲の客たちは、皆一様に慌てふためいている。

 このままでは、人間同士で事故が起きかねない。

 俺はすうっと深く息を吸った。


「――Stay calm(おちつけ)!!」


 英語で声を張る。

 あたりのざわめきが一度、しんと収まった。


「これは本物じゃない。ただのまやかしだ」


 そう告げると、客たちは周囲の人間と会話をし始めた。

 少しは落ち着いたか。

 すると、リザードナイトの動きがぴたりと止まる。

 そして――


「――お見事」


 低く、落ち着いた声が響いた。

 リザードナイトは剣を放り投げ、愉快そうに両手を打ち鳴らす。


 うわあ、気持ち悪っ。

 魔物が拍手してやがる。


 すると、ぱちぱちと拍手を続けるリザードナイトの輪郭が歪み、変形していく。

 数秒後、そこに立っていたのは一人の人間だった。

 会場中にどよめきが広がる。


「あ、アーサー会長だ……!」


 アーサー・イグニス。

 世界ダンジョン協会の会長。

 同時に、世界最大規模のダンジョン関連企業――『イグニス社』のCEOを務める人物だ。

 

 見たところ年齢は四十代後半だろう。

 白髪交じりの金髪を後ろへ流し、穏やかな青い瞳で、ダンジョンへと変貌を遂げた会場を見渡していた。


「ご明察です、御影 仁氏。流石は日本を代表するダイバーですね」


 俺の名前を呼び、アーサーは優雅に指を鳴らした。

 すると周囲の景色が崩れ、華やかなパーティ会場が戻ってきた。

 止まっていたBGMも、何事も無かったかのように再開する。


「皆さまを驚かせてしまったことを、まずはお詫びいたします」


 アーサーは深く頭を下げた。


「本日は世界各国から、ダンジョンの未来を担う方々にお集まりいただきました。ありきたりな挨拶から始めるよりも、未来の可能性をご体感いただきたい……そう思いまして」


 手を伸ばすアーサーの隣に、先ほどのリザードナイトが再び現れた。

 アーサーが鱗へ触れようとするも、指がそのまま身体をすり抜ける。


「これは我がイグニス社が開発した、新世代の空間投影技術です」


 背後に出現した巨大スクリーンに、文字が映し出される。

 『M.I.R.A.G.E.』――ミラージュ と。


「正式名称は、Multi-sensory Immersive Reality Augmentation and Generation Engine と言います」


 多感覚没入型、現実拡張・生成エンジン……か。

 頭文字を取って、幻影(ミラージュ)

 上手いこと名付けるじゃないか。


「実は、技術自体は以前から完成していたのですが……皆さまも体験されてお分かりになったでしょう。そのあまりの没入感に、法律・倫理上クリアすべきハードルが多く、正式発表ができずにいたのです。……しかし、それも考えようによっては幸運だったのかもしれません。何せ、ここにいる皆さまに、その一歩目をお披露目できたのですから」


 アーサーはニヤリと笑う。

 俺は思わず、内心で「やかましいわ」と毒づいた。

 なんか、いけ好かないんだよな。


「従来の立体映像とは異なり、M.I.R.A.G.E.は視覚情報以外の、音、匂い、温度、振動……人間の五感が捉えるあらゆる情報を、空間内へ総合的に再現いたします」


 アーサーの説明に合わせ、壇上に炎が立ち上った。

 その熱がこちらまで届く。

 

「無機物であろうと生物であろうと、十分なデータさえあれば再現可能です」


 リザードナイトが消え、今度は武装したダイバーの姿へ変わる。

 表情や細かな輪郭線まで、パッと見は本物の人間と見分けがつかない。


「あれ、おいくらするんでしょうねぇ……じゅるり」

「ろくでもねえこと考えんな」


 隣で涎を垂らす朝比奈にツッコミを入れる。


「ダンジョンの攻略演習や、災害時の状況再現。また市民の避難訓練に、遠く離れた国々との正確な情報共有など……その使途は多岐に渡ります」


 アーサーは穏やかに笑う。


「経験できないことを、経験できるようにする。それが多くの命を救うと我々は信じています」


 拍手が起こった。

 最初はまばらだったが、すぐに会場全体へ広がっていく。


「……凄まじい技術ですわね」

「対象がダンジョンや魔物じゃなければ、見抜けなかっただろうな」


 もしくは魔力さえ誤魔化せるようになれば、ダンジョンや魔物でも……か。


「……さて」


 拍手が収まるのを待ってから、アーサーは話を続ける。


「技術のお披露目はここまでにしましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます。改めまして、ダンジョン国際協力会議・公式晩餐(ばんさん)会へようこそ」


 会場に小さな笑いが起こる。

 アーサーは柔らかな声音で先を続けた。


「ダンジョンや魔物は国境を選びません。誰が相手でもその猛威を振るう。ならば我々もまた、国境を越えて手を取り合うべきだ。……それが私の信念であり、この会を開催した理由です」


 ほう、どっかで聞いたようなセリフだな。


「……先ほど、会場の外にいた記者に対し、私と同じ思想を語った人物がいました」

「っ……!?」


 俺は思わず絶句する。

 おい。やめろ。

 その青い瞳でこっちを見るんじゃない。


「……いきなりですわね」

「頑張ってください、先生ぇ」


 お前らも憐みの視線を向けるのはやめろ。

 つーか助けてくれ。

 師匠、絶対絶命のピンチです。


「日本は、素晴らしい人物を送り出してくれました……ご紹介しましょう」


 おい!

 おいってば!!

 ご紹介すんな!!!


「――日本ダンジョン協会・特別顧問……御影 仁氏」


 会場中の視線と期待が俺に向く。


「さあ、壇上へ」

 

 バリン!


 俺の胃袋に風穴が開いた。





※会場全体に向けて話す時の仁やアーサーのセリフは、基本的に英語で喋られているとお考えください。

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