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第38話 女王、飛来……ですわ

 黒い穴を抜けた瞬間、それは目の前に現れた。


「おお……すっげ」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 眼前にそびえたつのは、空を貫くような巨大な塔――『世界ダンジョン協会』の本部だった。

 

 ガラスと金属で組み上げられた外壁が、マンハッタンの空を映して青白く輝いている。

 首を限界まで傾けても、てっぺんがよく見えない。


 また、正面の玄関には各国の国旗。

 周囲を走る車は一目見ただけで高級車だと分かる。

 そこから降りてくる人間も、見るからに権力者ばかりだ。

 当たり前に警備も厳重で、銃を持った警備員やダイバーらしき者たちがあたりへ目を光らせている。


「……帰りたい」

「だめ」

「ダメかあ……」

「がんばって、ぱぱ」


 隣に立つ夕凪(ゆうなぎ)が即答した。

 

「にしても、本当にすげえ魔法だな」

「……ふ」

「今更だけど、マジで感心するよ」

「……ふ」


 ここはアメリカ合衆国ニューヨーク州はマンハッタン。

 日本からの移動時間、約三秒。

 改めて考えると、彼女の能力は滅茶苦茶である。

 褒められた夕凪は、少しだけ口角を上げる。


「ぱぱ、かっこいい」

「そうかぁ……? まあ普段とは違う恰好だよな」


 そう答えながら、俺は窮屈な襟元へ指を差し込んだ。

 黒のタキシードに蝶ネクタイ。

 普段の格好を知る人間が見たら、別人だと思われるかもしれない。

 俺だって落ち着かないよ、こんな姿は。


「だけど、スウェットで出るわけにも行かんしな」

「それはそれで、ありかも」

「無しすぎるだろ。日本が舐められるわ」

 

 今日ここで行われるのは、世界ダンジョン協会主催の公式晩餐(ばんさん)会。

 世界各国から、ダンジョン関係の偉い奴らが集まる会だ。


 日本はといえば、現在不祥事の後始末で大忙し。

 その現状に各国からも懐疑的な視線を向けられており、新体制は盤石ですよと世界に示すため、会長代行として俺が送り込まれることとなった。


 昨日まで汗臭い訓練場で剣の振り方を教えていた男を、世界規模の政治パーティへ放り込む。

 人選を間違えている気がしてならないが、会長が「是非とも仁さんに」と譲らないもんだから仕方ない。


「こういうの、苦手なんだがなあ……」

「――先生が苦手なのはぁ、こういう場所だけではないのではぁ?」


 俺がぼやいた所で、背後の黒い穴から間延びした声がする。

 穴から足をにゅっと伸ばす、その声の主は――


「お待たせしましたぁ」


 世界ランキング19位。

 朝比奈(あさひな) 柚葉(ゆずは)だった。


「……どういう意味だよ」

「ふふっ。ご自分の胸に手を当ててぇ、よぉーくお考えください」

「何だそりゃ……」


 悪戯(いたずら)っぽく笑う彼女は、若草色のドレスを身に着けている。

 髪も綺麗に結い上げられ、白い首筋が露になっていた。

 普段から妙に色気のある彼女だが、今日はそれが三割増しだ。


「どうですかぁ? 先生ぇ?」

「何が?」

「私、似合ってますかぁ?」

「……まあ、良いんじゃないか。ちょっと露出が多い気もするが」


 一瞬、見惚れかけたのが悔しくて、努めてぶっきらぼうに返す。

 朝比奈は嬉しそうに微笑んで、そのまま俺の腕へ身体を寄せてきた。

 ふにょん、と柔らかい感触が肘から伝わってくる。


「ではぁ、今夜は私が先生のパートナーということでぇ」

「違う! 離れろ!」

「……わざとですよぉ?」

「余計に離れろ!!」


 肩を押して距離を取ると、朝比奈は「あん」と情けない声を出した。

 そんな彼女を、夕凪がキッと見つめている。


「……てき」

「違いますよぉ? 朧さんのママ候補ですぅ」

「てき。おくりかえす」

「こらこら! 朝比奈は話をややこしくするな! 夕凪も無駄に魔力を使わない!」


 俺は二人の間に入って仲裁をする。


「ったく。今日は重要なポストなんだろ? 頼むぞ朝比奈」

「分かってますよぉ」


 朝比奈が今回参加する理由は、俺のサポートなどでは決してない。

 世界でも稀有な回復系統の魔法――『生命樹(ユグドラシル)』を持つ者として、世界ダンジョン協会・医療部門の代表を務めるためだ。


「ぱぱ」


 くいっと夕凪がタキシードの袖を引く。


「そろそろ、いくね」

「おう、ありがとうな。助かったよ」

「……かえりは、たぶんむり」

「これから任務があるんだよな。頑張ってこいよ」

「ん」


 帰りは飛行機だな。

 行きの何時間かをカットできただけでも大変ありがたい。

 俺は夕凪の頭を軽く撫でた。


「じゃあ、いってくる」


 夕凪が黒い穴へ戻る。

 身体が完全に消えると、穴は音もなく閉じた。

 それを見送った俺は、腕時計に視線をやる。


「さて、そろそろ待ち合わせの時間なんだが……」

「近づいている気配も無いですねぇ。とっても目立つ方なので、近くにいれば分かると思うんですけどぉ……」


 もう一人の日本からの参加者は、海外で任務中だったこともあって現地集合だ。

 その待ち合わせ時刻まで残り数分。

 俺と朝比奈が周囲を見回していると、遠くから重低音が響く。

 見上げると、一機のヘリコプターがビルの合間を縫うように近づいてきていた。


「……なるほどぉ。時間通りですねぇ」

 

 朝比奈がぽつりと呟く。

 ヘリはダンジョン協会本部の上空まで来て静止。

 開いた側面の扉から、一人の女が姿を現した。

 そして。


「え、ちょ、まさか……」


 飛び降りた。

 

 深い紫の影が、地上へ向かって真っすぐ落ちてくる。

 警備員たちが一斉に身構え、招待客の中には悲鳴を上げる者もいた。

 それも当然だ。

 落下してくるその姿に、パラシュートのようなものは一切見られない。


 だが、地面へ激突する寸前。


 ――ふわり。


 その身体が軽やかに浮いた。

 長い髪とドレスの裾が優雅に広がる。

 そのまま羽毛のように、音も立てず俺たちの前へ着地した。


 黒紫色の長い髪。

 切れ長の瞳は、深いワインのような(あか)

 背は高く、腰は細い。

 それでいて女性らしい部分は豊かで、立っているだけで人目を引く。


(わたくし)、飛来……ですわ!」


 ずどーん。

 不遜な態度で言い放った。

 彼女こそ世界ランキング4位――『鳳城(ほうじょう) 麗華(れいか)』である。

 彼女はドレスの裾を軽く整えると、こちらへ微笑んだ。


「ごきげんよう、朝比奈さん。そして……仁」

「ご無沙汰しておりますぅ、鳳城さん」

「相変わらず派手だなぁ、お前は」

「あら。逆ですわ。貴方が地味すぎるのですわよ?」


 彼女が身に(まと)っているのは、髪と同じ色をしたドレス。

 宝石や装飾は最低限だが、本人のオーラだけで圧倒的な存在感を放っている。

 

 昔はもう少し可愛げがあった気もするんだがな。

 今じゃ完全に女王様だ。


「……ただ、最低限の格好はできるようですわね」

「褒めるなら素直に褒めんかい」

「社交辞令ですわ。こういう場には必須ですわよ」


 そう言って顔を逸らす。

 

「それでは参りましょう。遅刻でもしようものなら、日本代表団の品位が疑われてしまいますわ」

「品位て……今ヘリから飛び降りて来た奴が言う?」

「聞こえませんわね」


 ミッ〇ョンイン〇ッシブルじゃねーんだから。

 というツッコミを、内心でそっと付け加えた。

 

 俺たちは正面玄関へ向かう。

 近づくにつれ、報道陣の数が増えていった。

 柵の向こうから、無数のカメラとマイクがこちらへ向けられる。


「あーっ! 来ました! 鳳城さんです!」

「世界ランキング4位、鳳城麗華氏が到着しました!」

「その隣にいるのは朝比奈柚葉氏! こちらも世界ランカーだ!」

「そして……日本の会長代行として御影 仁氏です! 彼がどのような発言をし、そして立ち振る舞うのか、世界中が注目していると言っても過言ではないでしょう!」

 

 うおお……過言であってくれ……。


「先生ぇ、笑顔ですよぉ」


 にこやかな顔をした朝比奈が、隣から小声で言う。


「そうですわよ。笑いなさい、仁」

「へーへー……日本の代表だもんな」


 逃げたい気持ちを押し殺し、にへらっと笑って軽く手を上げる。

 すると、より一層強くシャッターが焚かれ始めた。


 左右の朝比奈と麗華は流石の対応だ。

 落ち着いた態度で、カメラへ向ける身体の角度や表情までしっかり計算しているように感じる。


「――鳳城さん! 昨今の不祥事について一言お願いします!」


 記者の一人が突き出したマイクに、麗華は足を止めた。


「行動あるのみ、と答えておきましょう」

「それはいったい……どのような意味で?」

「我々日本ダンジョン協会は、既に改革へ向けて動き始めています。過去の過ちを踏まえたうえで、結果によって信頼を取り戻していく他ありませんわ」

「なるほど……!」


 なるほど……!

 と、記者とまったく同じ感想を持つ、(一応)代表団の長の俺。

 麗華はしっかりしてるよなあ、昔から。

 育ちが良いから、こういう場所に慣れてるってのもあるんだろうが。

 

 なんて呑気な事を考えながら、うんうん適当に頷いていると、俺の前にもマイクが伸びてきた。


「御影さんからも一言お願いします! 今夜はどのような事を重視されますか!?」

「え」


 周囲の記者たちから一斉に期待の視線が向けられる。

 左右の二人に視線で助けを求めるが、どちらも微笑みを返すだけだ。

 自分で考えろってか。

 ……そりゃそうだよな。


「……今、世界でダンジョンが高難度化していて、ランカーでないと対応できないレベルのものも多い。つまり、深刻な人手不足だ」


 言葉を選びながら、慎重に答えていく。


「だから、国とか立場とかは置いておいて……助けが必要な時、気軽に声を掛け合える。そんな関係を作れたらいいんじゃないか。少なくとも、俺はここへそういう気持ちでやって来てる」


 言い終えると、通路が静まり返った。 

 え、何かヤバいこと言ったか……。

 と思ったのもつかの間、再び大音量でシャッター音が鳴り響きだした。


「あ、ありがとうございました! これは良い記事が書けそうだ……!」


 記者の礼を受け、俺は手を上げて返事をする。

 よかった。

 間違えてはなかったみたいだ。

 ……たぶん。


「もうよろしいでしょう。さ、参りますわよ」


 麗華が自然に話を切り上げ、俺達は建物内へ向かった。


「どうだった? 今の」

「……及第点ですわね」

「そうですかぁ? 120点だったと思いますけどぉ。格好良かったですよぉ」

「朝比奈の評価はあてにならんからなあ」

「あーっ、酷いですぅ!」


 警備を抜け、長い廊下を進む。

 案内された先は建物の最上階、だだっ広い巨大ホールだった。


 金色の照明に、ぴかっぴかに磨きあげられた床。

 巨大な窓の向こうには、マンハッタンの街並みが見下ろせる。

 会場内にいるのはテレビで見たことのある顔ばかり。


「……こっからが本番か」


 記者の質問対応なんて前哨戦も前哨戦。

 これから始まるであろう政治バトルに、俺の胃は悲鳴を上げ始めるのであった。


 ……S級ダンジョンに潜ってる方が、よっぽど気が楽だ。


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