第37話 空白の玉座
「…………は?」
聞き間違いだろうか。
俺のために空けられている?
世界ランキングの1位が?
そんな馬鹿な話があるかよ。
「全く意味がわからないんだが」
「それは、当時の事を知る私が説明しましょう」
会長が小さく頷きながら、こちらに視線を向けてきた。
「世界ランキングの創設が決定された際、当初の順位案では現在の2位から4位の三名が、そのまま1位から3位となる予定でした」
現在の2位から4位は、もちろん知っている。
名前を聞くまでも無い。
全員、かつて俺が関わった連中だからだ。
「しかし、2位の方が1位の座を拒否。ならばと3位と4位の方にも尋ねたのですが、どちらも同じく拒否されました」
「な、何でだよ? 名誉なことだろ?」
「曰く『自分ではない』……そうです」
「……まさか」
会長はこくりと頷く。
「世界ランキング1位は御影 仁である。三名全員が、同じ名を挙げました」
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
壁にかけられた時計の音が、やけに大きく聞こえた。
「……やっぱ、全く意味が分かんねえよ」
ようやく出た言葉が、それだった。
「なんで俺なんだ。あいつら、もうとっくに俺なんか越してるだろ」
世界中のダンジョンを飛び回り、国の軍隊でも太刀打ちできない化け物を倒し続け、大勢の人間の命を救ってきた。
片や俺は、酒代を稼ぐためだけにダンジョンへ潜る日々。
比べるまでもない。
「私もお三方の内心までは分かりません。ですが、世界ランキングの制定から現在まで、一貫して同じ主張を続けてらっしゃいます」
「あたりまえ。ぱぱが、いちい」
夕凪が補足(?)を入れた。
「そんな馬鹿な……」
俺はこめかみを押さえた。
頭が痛くなってきた。
「……じゃあ、5位以下を繰り上げればいいんじゃねえの?」
「それができれば、ダンジョン協会も苦労はしてませんよ」
ふと思いついた雑な案を、会長は即座に否定した。
「現在の上位三名は、実力も実績も知名度も、それ以下のランカーを大きく引き離しています。そのお三方を差し置いて、別の人物を1位に据えるなどできるわけがありません」
「……まあ、確かにそうか」
誰がどう見ても上にいる三人を無視して決めたランキングに、一体どれだけの信憑性があろうか。
「世界ダンジョン協会も、5位以下のランカーたちも、1位が決まらない現状には頭を悩ませています」
「だが、あの三人が首を縦に振らない限り、強引に決定もできない……」
「その通りです」
なんでそんな面倒な事を。
しかも、俺の預かり知らぬところで。
「……そんな話、俺は一度も聞いてねえな」
「それは恐らく、先生の過去が理由だと思います」
文月が会話に入ってきた。
「私もずっと不思議だったんです。世界ランク上位三名の方たちは、先生が第一線で活躍されることを望んでらっしゃいました。なのに、先生を探そうとはしなかった……」
「……そうなのか」
世界の最上位ともなれば、情報も人脈も半端でないはず。
本気で探せば、全国をふらふらしているだけの俺なんて、すぐ見つけられただろうな。
特に隠れてたわけでもなかったし。
「先生に会いたがっているのに探さない、戻ってきてほしいのに迎えに行かない……その理由が、あの配信を見てやっとわかりました」
先日の蛇窪ダンジョンでの一件だ。
ボス討伐後、落ち込んでいた七瀬と緋見を励ますために、俺は攻略部隊時代のことを語った。
優秀だった仲間を全員失い、落ちこぼれだった俺だけが生き残ってしまった……ということを。
「私はそこで初めて先生の過去を知りましたが、きっとそのお三方は知ってらっしゃったんですね?」
「ああ。その三人と、それと夕凪にも話した事がある」
自分から進んで打ち明けたのか、何かの拍子に漏らしてしまったのか。
そこまでは、もうよく覚えていない。
「だから皆さん、待っていたんだと思いますよ。……先生が、自分から戻ってきてくれる日を」
無理やり連れ戻せば、俺のトラウマを抉る事になるかもしれない。
だから前線への復帰を望みながらも、探さなかった。
自分自身で立ち上がり、表へ出る覚悟ができるまで。
……そういうことだろうか。
俺は膝の上に座る夕凪を見る。
彼女は「そうだ」と言わんばかりに、こくりと頷いた。
「私はそれを知らずに、先生を無理やり連れ戻してしまった。……本当に申し訳ありませんでした」
「わたしも、ぱぱ、もうへいきだから、もどったんだとおもった。……ごめん」
「文月、夕凪……お前らが謝ることじゃねえよ」
俺は膝の上から夕凪を下ろし、文月の隣に座らせた。
そして、二人の頭へぽんと手を乗せる。
彼女たちは驚いたように顔を上げた。
「俺が全国をふらふら旅してたのはさ……その、言わば傷心旅行みたいなもんなんだ」
「しょ、傷心旅行……?」
言いながら、少し恥ずかしくなった。
改めて人に話すような事でもないが、教え子たちにこれ以上心配をかけるわけにはいかない。
「最後のダンジョンを攻略した後、精神的に参っちまってな……一度、前線を退くことになったんだ」
「……はい」
「それで自由になった俺は、仲間たちの故郷を巡り始めたんだ」
「故郷を……?」
同じ攻略部隊へ所属し、そして命を落とした仲間たち。
墓参りをして、遺族がいればご挨拶をして、仏壇へ線香をあげる。
そいつの思い出話に出てきた町を歩き、お気に入りだと言っていた店に訪れ、好きだと語っていた景色を見に行った。
短ければ数週間。
長い時には、同じ場所に何年か留まることもあった。
「一人ずつ、思い出に浸ってたんだ。もういない奴らの、足跡をたどりながらな」
自分で言っていて、少し情けなくなる。
だが、他に言い表しようもない。
「……随分と時間がかかっちまったが、最後の一人の所を終えた頃に、文月と再会した」
「そ、そうだったんですか……!?」
全員分がようやく終わった。
いや、終わってしまった。
これから俺は何をすればいいんだろうか。
そんな事を考えていた矢先、文月が現れ、若手の指南役をしてほしいと頼まれた。
「柄じゃねえけど……正直、運命みたいなやつを感じたよ」
「う、ううう、運命ですか……!?」
「変な意味じゃねえぞ。丁度やることを見失ってた所に、文月がそれを持ってきてくれたってことだ」
「わ、分かってますよ!」
分かってるんなら顔を赤くするんじゃない。
「別に『無理やり連れ戻された』わけじゃない。ようやく、前に進む時が来たってだけだ」
「先生……」
「だから謝るな」
文月はしばらく黙っていた。
やがて目尻を少し下げ、頷く。
「……はい。ありがとうございます」
すると夕凪が、文月の隣からぽんと頭に手を乗せる。
「よしよし、げんきだす」
「うう……私の方が年上です……」
俺はその光景を見て、ふっと微笑む。
しかし、ここでハッキリさせておかなければならない事がある。
「――ただし、俺は1位になる気はないぞ」
そう言うと、文月と夕凪の顔が同時に曇った。
「ぱぱ……」
「復帰したことと、1位になることは別の話だ」
「でも上位のお三方が――」
「どうぞって言ったからって、はいそうですかと受け取れるかよ」
現在の上位三人が積み上げてきたものは、俺とは桁が違う。
国を救ったことすら、一度や二度ではないだろう。
「世界への貢献度が違いすぎる」
強いか弱いかだけではない。
世界ランキングは、実績も知名度も影響力も含めて決まるというのであれば、なおさら俺に1位を受け取る資格はない。
「ぱぱが、いちい、なのに……」
夕凪が露骨にしょんぼりする。
文月も黙って俯いた。
そんな顔をされても困る。
「……でしたら、ご自身でお伝えになってはいかがでしょう?」
会長が静かに口を挟んだ。
「俺が?」
「今後は特別顧問として、そのお三方と顔を合わせる機会も増えるでしょう」
「ああ……」
「なぜ御影さんを1位と考えるのか。そしてなぜ1位を拒み続けるのか」
本人たちに聞けばいい。
そして、自分は1位になるつもりがないと直接伝える。
「……そうだな」
俺の知らないところで勝手に決められても困る。
顔を合わせた時に、一度きちんと話した方がいいだろう。
「会ったら、俺から言うよ」
「ぱぱ、せっとくされそう」
「されねえよ」
「……ふうん?」
何だその目は。
師匠を舐めるんじゃない。
「それでは、御影さん」
「ん?」
会長は立ち上がり、こちらへ向き直った。
「早速ですが、そんな『世界ランカーと会いたい』貴方に、特別顧問としてお願いしたい案件があります」
「えっ」
早くない?
呆然とする俺をよそに、会長は俺の体を上から下まで嘗め回すように見つめる。
そして「ふむ」と呟いてから、にこやかに微笑んだ。
「もう一着、スーツを作る必要がありそうですね」
「スーツ? 会見で着たコレじゃだめなのか?」
「真面目過ぎますね。次の舞台は会見ではなくパーティ会場ですから」
「ぱ、パーティ……?」
マ〇オならどんとこい……じゃないよなあ、やっぱり。




