閑話「豪州捕虜、味噌汁で泣く」
1863年、大阪 捕虜収容所。
ウィリアム・ホプキンスは、捕虜になって三週間が経っていた。
二十四歳。豪州合衆国海軍。砲艦乗りだった。玄界灘の海戦で船が沈んで、泳いで、捕まった。
収容所は悪くなかった。
殴られなかった。怒鳴られなかった。部屋は狭かったが、清潔だった。食事が一日三回出た。
それが一番、困惑した。
敵国の捕虜に、一日三回食事を出す国を、ホプキンスは知らなかった。
ある朝、食事に味噌汁が出た。
茶色い液体だった。匂いを嗅いだ。発酵した匂いがした。おそるおそる飲んだ。
止まった。
飲み続けた。椀の底まで飲んだ。
隣の捕虜仲間が見ていた。
「どうだ?」
「……分からん」とホプキンスは言った。「ただ、体の中に入ってくる感じがした」
次の朝も味噌汁が出た。また飲んだ。
三日目の朝、飲みながら、ホプキンスは泣いていた。
理由が分からなかった。
ただ、何かが緩んだ。戦場に出てから一度も緩んでいなかった何かが、この茶色い汁を飲んだ時だけ、緩んだ。
仲間が黙っていた。
看守の日本兵も黙っていた。
誰も何も言わなかった。
ただ、次の日から、ホプキンスの椀だけ、味噌汁が少し多くなっていた。
戦後、ホプキンスは帰国した。
豪州に帰って最初にしたことは、日本食料品店を探すことだった。
見つけた。味噌を買った。作り方を調べた。作った。
旨かった。
泣いた。
また、理由が分からなかった。




