閑話「佑、初めて怒鳴る」
1865年、工作船 佑の帳場。
戦死者名簿が届いた。
瀬川研究所からだった。七代目所長・瀬川次郎が集計したものだった。豪州との戦争、開戦から十年間の累計だった。
佑は受け取った。
表紙を開いた。
数字があった。
1847。
佑はしばらく数字を見ていた。
フィリアが部屋に入ってきた。何か言おうとした。
「フィリア」と佑は言った。
声が違った。フィリアが止まった。
「出ていてください」
「……佑」
「今すぐ」
フィリアが出ていった。
佑は1847という数字を見ていた。
一人ずつ、名前が並んでいた。ページをめくった。名前が続いた。まためくった。また続いた。
佑は立ち上がった。
何かを言おうとした。
言えなかった。
代わりに、帳簿を机に叩きつけた。
音が出た。工作船の中に響いた。
廊下でフィリアが聞いていた。ライルも来ていた。ドワリンも来ていた。全員が廊下に立っていた。
誰も入らなかった。
しばらくして、佑の声が聞こえた。
「……一人ずつ、名前を読む」
独り言だった。
「全員、読む」
それだけだった。
その夜の帳簿に、佑は書いた。
【1865年・記録】
戦死者名簿受領、1847名。
名前を全員読んだ。
読み終わるのに四時間かかった。
備考:怒鳴った。
誰もいない部屋で怒鳴った。
恥ずかしいとは思わない。
思えなかった。




