閑話「戦死通知を書く教師」
1862年、大阪 大学統合校。
シャリアが通知書を書き始めたのは、夜中の二時だった。
戦死通知だった。学校から徴兵された学生のものだった。
一枚目。
田村孝之助。二十一歳。工学部三年。蒸気機関の研究をしていた。先月の試験で満点を取っていた。
シャリアは筆を持った。
「謹んでお知らせ申し上げます」
書けなかった。
もう一度持った。
「謹んで」
また止まった。
シャリアは筆を置いた。田村の答案用紙を引き出しから出した。試験の答案だった。丁寧な字で、蒸気圧縮の計算が書いてあった。最後の欄に「この理論を応用すれば、船の速度を三割上げられると思います。来学期に実験してみたいです」と書いてあった。
来学期はなかった。
シャリアは答案を元に戻した。筆を取った。
「謹んでお知らせ申し上げます。貴殿の御子息・田村孝之助殿は、去る……」
書いた。最後まで書いた。
二枚目を取った。
山本清一郎。十九歳。医学部一年。入学したばかりだった。
シャリアは書いた。
三枚目。四枚目。五枚目。
夜明け前に、十二枚書き終わった。
シャリアは筆を置いた。十二枚の通知書が並んでいた。
窓の外が明るくなり始めていた。
シャリアは一枚一枚、もう一度読んだ。間違いがないか確認した。
間違いはなかった。
それが一番、辛かった。




