閑話「マクレガーの敗戦の弁 1885年」
第四部、メルボルンにて講和会議。
講和会議は三日間続いた。
最終日、豪州合衆国全権代表・ジェームズ・マクレガーは、会議室で最後の発言を求めた。
「一つだけ言わせてください」
日本連邦の代表団が黙って聞いた。
「我々は負けました。兵器で負けたのではありません。艦隊で負けたのでもありません」
マクレガーは日本側の代表を見た。
「我々は、あなた方の国民に負けたのです」
日本側が黙っていた。
「我々の兵士は勇敢でした。しかし日本の兵士は、戦いながら考えていた。補給が切れる前に代替案を考えていた。通信が途絶える前に次の手を考えていた。想定外の事態が起きた時、上官の命令を待たずに判断していた」
マクレガーが資料を閉じた。
「これは訓練で身につくものではありません。生まれた時から考えることを当たり前とされた人間だけが持つものです。我々が負けたのは、あなた方が三百年かけて育てたものに負けたのです」
会議室が静かだった。
「以上です」
マクレガーが席に座った。
しばらく沈黙が続いた。
日本連邦全権代表・織田信正が立ち上がった。
マクレガーは驚いた。講和条約の調印に移ると思っていた。日本側が発言するとは思っていなかった。
「マクレガー代表」と信正は言った。「一つだけ申し上げてもよいですか」
「どうぞ」
信正が会議室を見回した。日本側の代表団も、豪州側の代表団も、全員を見た。
「三百年前、我々の祖先も考えていませんでした」
マクレガーが少し顔を上げた。
「考えることを、教わりました。正確には、考えるための道具を、買いました」
「……誰から買ったんですか」
「商人から」と信正は言った。「等価交換で。タダではありませんでした。かなり高かったと聞いています」
会議室で、誰かが小さく笑った。一瞬だけ笑いが起きて、すぐ収まった。
「その商人は何者ですか?」とマクレガーは聞いた。
「記録では宇宙エルフです」と信正は言った。「信じなくて構いません。我々も最初は信じていなかった」
マクレガーが黙った。
「マクレガー代表」と信正は続けた。「あなたの言葉を、我々は重く受け止めています。三百年前の我々と、今のあなた方は、同じ場所に立っているかもしれません」
「……どういう意味ですか?」
「考え始める前と後がある、ということです」と信正は言った。「我々は三百年前に始めました。あなた方はこれから始めることができます」
マクレガーは信正を見た。
勝者が敗者を慰めているようには聞こえなかった。
ただ、事実を言っているように聞こえた。
「……条約の調印に移りましょう」とマクレガーは言った。
「はい」と信正は言った。席に戻った。
調印が終わった後、マクレガーは会議室の窓から外を見た。
メルボルンの街が見えた。
三百年前の日本と、今のここが、同じ場所かもしれない。
信正の言葉が残っていた。
マクレガーは手帳を取り出した。一行だけ書いた。
「考え始める前と後がある。我々はこれから始める。」
手帳を閉じた。
その夜の帳簿に、佑は書いた。
【1885年・記録】
講和会議、終了。
信正が「三百年前の我々も同じだった」と言った。
マクレガーが手帳に何かを書いていた。
備考:三百年前、信長も同じ顔をしていた。
あの顔を、また見た。




