閑話「先生が足りない 1870年」
第四部、豪州との戦争中 大阪にて。
戦争が始まって二年目の秋、大阪の大学統合校から教師が六人いなくなった。
三人は徴兵された。二人は軍の技術顧問になった。一人は病気だった。
残った学生は三十二人だった。授業をする教師がいなかった。
学生の一人、村田誠一郎が言い出した。
「俺たちでやろう」
誰も最初は賛成しなかった。
「先生でもないのに教えられるか」と一人が言った。
「先生がいないんだから仕方ない」と誠一郎は言った。「得意な科目を持ち回りでやる。俺は蒸気工学をやる。熱力学が得意な奴は誰だ」
「俺だけど」と一人が手を上げた。
「じゃあ頼む。材料工学は」
「……俺が一番ましかも」
「数学は」
「それは藤本だろ」
「藤本、やれるか」
「……やる」と藤本が言った。
翌朝から授業が始まった。
最初はひどかった。
誠一郎が黒板の前に立って蒸気工学を説明し始めたが、三分で別の学生に突っ込まれた。
「そこ違う。圧力と温度の関係、逆じゃないか」
「……そうか?」
「そうだ。教科書の四十二ページ見ろ」
「……本当だ。訂正する」
藤本の数学は逆に分かりやすすぎた。
「ここ、なんでこうなるんですか」と後輩が聞いた。
「なんでって……そういうものだから」
「そういうものだからじゃ分かりません」
「……じゃあ、ゆっくり分解してみる」
藤本が黒板に書きながら考えた。考えながら書いた。書きながら自分でも気づいた。
「あ、ここはこういう意味か」と藤本は言った。「俺も分かってなかったかもしれない」
後輩が笑った。藤本も笑った。
三ヶ月後、本来の教師の一人が戻ってきた。
授業を見学して、黙っていた。
終わった後、誠一郎に言った。
「お前ら、俺が教えていた時より理解している」
「先生が怒るかと思いました」
「怒らない」と教師は言った。「ただ、一つだけ聞く」
「何でしょう?」
「藤本の数学の説明、あれはどこで覚えた」
「自分で考えました」と藤本が言った。
「教科書にない説明だ」
「教科書に書いてある方法が分かりにくかったので、別の方法を考えました」
「……論文にしろ」と教師は言った。
「え」
「それは新しい説明方法だ。書いて残せ」
藤本は論文を書いた。
三年後、その論文は大学統合校の標準教材になった。
その年の帳簿に、佑は書いた。
【1870年・記録】
大阪・大学統合校より報告。
教師不足のため、学生が授業を自主運営。
三ヶ月後、元の教師が「理解度が上がっている」と評価。
藤本某の数学説明、論文化の予定。
備考:教えることが、一番よく学ぶ方法らしい。
これは売っていない。
人間が自分で見つけた。




