閑話「豆腐屋仙吉の子孫、宇宙技術を叱る」
江戸の町外れ。
朝霧が立ち込める中、トントンと小気味よい音が響くのは、頑固一徹で知られる豆腐屋の仙吉の子孫善兵衛の店である。
そこに、およそ江戸の風景には似合わない、白衣を着た長耳の男が現れた。農業オタクのエルフ、モリスである。
「ここですか。我が主(佑)が『この世で最も美味い豆腐を作る男』と評した個体の作業場は」
モリスは手にした携帯端末にせっせとメモを打ち込みながら、店にズカズカと入り込んだ。
「あぁ? なんだおめえ、見慣れねえツラだな。耳が随分尖ってやがるが、どこの回し者だ?」
善兵衛が包丁を握ったまま、怪訝そうな顔でモリスを睨みつける。
「私はモリス。工作船の植物プラント最高責任者です。佑からあなたの豆腐を一口もらい、成分分析を行いました。結果、非常に遺憾な事実が判明したため、警告に参りました」
「あぁ? 遺憾だぁ?」
「はい。あなたの使う大豆は、遺伝子構造に無駄が多く、タンパク質含有量にムラがあります。そこで私は、遺伝子を最適化し、従来の1.4倍の収穫量と、完璧なアミノ酸バランスを実現した『ウルトラ大豆ver3』を開発しました」
モリスは、不気味なほど丸々と太った、黄金色に輝く大豆の袋をドサリと置いた。
「これを使えば、誰が作っても水分含有率82.1%の、完璧な豆腐が計算通りに製造できます。さあ、これまでの非効率な大豆は捨てなさい」
仙助は、目の前の「完璧な大豆」を一つ摘み、じっと見つめた。それから、フンと鼻で笑った。
「……おもしれえ。そこまで言うなら、一丁作ってやろうじゃねえか。おい、おめえ、そこに座って見てやがれ」
それからの一時間、モリスは驚異的な光景を目にすることになった。
善兵衛は、モリスの大豆を臼で挽き、茹で、布で絞って豆乳を作る。その一連の動作には、工作船の精密ロボットのような正確さはなかった。むしろ、その日の気温や、井戸水の冷たさに合わせて、お湯の温度を感覚で微調整しているように見えた。
「さあ、できたぞ。おめえの言う『完璧な豆』で作った豆腐だ。食ってみな」
皿に出された豆腐は、モリスの計算通り、一ミリの歪みもない美しい立方体だった。
モリスはスプーン(持参したもの)で一口食べた。
「……素晴らしい。私の計算通り、雑味が一切なく、タンパク質の濃度が──」
「──ペッ、そんなもん、ただの固まった大豆の粉だ。豆腐じゃねえや」
善兵衛は、自分がいつも作っている「地元の歪な大豆」の豆腐を、モリスの前に突きつけた。
「こっちを食ってみろ、耳長野郎」
モリスは不満げにそれを口に運んだ。
「……!?」
その瞬間、モリスのデータパッドの手が止まった。
計算上は、成分にムラがあるはずだった。しかし、口の中で暴れるような濃厚な大豆の香りと、滑らかな舌触り、そして鼻に抜けるかすかな甘み。モリスの脳内シミュレーターが、予測不能のエラーを起こして赤く点滅した。
「な、なぜです!? 成分分析では、私の大豆の方が遥かに栄養価も旨味成分も高いはずです! なぜこちらの方が『美味い』と感じるのですか!?」
善兵衛は、タバコに火をつけながら、ニヤリと笑った。
「馬鹿野郎。豆腐ってのはな、大豆の機嫌、その日の天気、井戸水の冷たさ、それを俺の指先が感じ取って、その日限りの『にがり』を打つんだよ。おめえの豆は生きてねえ。最初から答えが決まってる。そんな退屈なもん、江戸の人間は誰も喜ばねえよ」
「職人の……指先の感覚が、環境の揺らぎをリアルタイムで修正しているというのですか……? 計算ではなく、超並列型のバイオフィードバック……!」
モリスは激しい衝撃に震え、猛烈な勢いでデータパッドにメモを打ち始めた。
「おもしろい……! 人間の不確定要素による最適化、これは工作船のAIにもないデータです! 仙吉、あなたの指先の神経データをスキャンさせてください! 毎朝通います!」
「うっとうしいねえ! 豆でも詰めて帰んな!」
数日後、工作船に戻ったモリスが、嬉々として「職人の指先を再現したマニピュレーター」の開発に没頭している姿を見て、佑は「あの頑固親父の子孫、とうとう宇宙エルフを弟子にしちまったよ……」と遠い目をするのだった。




