閑話「平和な朝の豆腐」
戦争が終わった最初の朝、佑は一人で豆腐を食べた。
仙吉の孫の店ではなかった。そこまで行く気力がなかった。工作船の食料庫にあった豆腐を、器に入れて、醤油だけかけた。
一口食べた。
味がしなかった。
豆腐の味はする。醤油の味もする。温度も正しい。しかし、何かが欠けていた。
佑はしばらく箸を置いて、考えた。
昨夜、戦争が終わった。何年も続いた戦いが、ようやく終わった。多くの命が失われた。その中には、佑が名前を知っている者もいた。シャリアの教え子だった少年。源一郎の弟子だった若い技術者。名もない兵士たち、千を超える名前。
戦争が終わったことは、良いことだ。
しかし、平和が戻ってきた朝に、豆腐の味がしない。
なぜか。
佑は考えながら、もう一口食べた。
やはり、味がしない。
思い当たった。
平和が戻ってきたことで、失ったものの重さが、今になってわかった。戦争の間は、終わらせることだけを考えていた。終わった今、何を失ったかを考える余裕ができた。
余裕ができた分だけ、豆腐が食べられない。
それが——
それが、人間と一緒に生きるということなのだ、と佑は思った。
勝った時に喜べない。平和になった時に、すぐには笑えない。失ったものの重さが、まず来る。
これは、五百年前には知らなかったことだ。
佑は豆腐を食べ終えた。味がしないままだった。
器を片づけながら、思った。
仙吉なら、何と言っただろう。
「旨くないのは、おまえの腹が正直なだけだ」
そんなことを言っただろう。叱るように、しかし優しく。
佑はもう一杯、豆腐を用意した。
今度は、少しだけ味がした。




