第36話 戦死者名簿を黄金で買う男——忘れないことが平和の値段
講和が成立して一週間後。
佑は日本政府に申し入れた。
「戦死者の名簿を売ってください」
担当の役人が、少し目を丸くした。
「……売る、ですか。名簿を」
「黄金で買います。写しで構いません」
「なぜ……」
「私が売った兵器で戦った人たちです。名前くらいは知っておきたい」
役人はしばらく黙った。それから立ち上がって、奥に行った。しばらくして戻ってきた時、分厚い帳面を持っていた。
「……写しです」
「ありがとうございます。黄金は——」
「要りません」と役人は言った。「これは……売るものじゃないと思います。差し上げます」
佑は受け取った。
工作船に戻って、名簿を開いた。
一八四七人。
全員の名前が、出身地と共に書いてある。農村出身が多かった。職人の子が多かった。大学統合校の卒業生も、何人かいた。
「……一八四七人」
フィリアが横にいた。
「覚えます」と佑は言った。「五百年生きるので、全員覚えられます」
「……」
「名前を全部読んで、全部覚えます。それだけしか、できないので」
フィリアは何も言わなかった。
佑は最初の一ページを開いて、読み始めた。
【1855年・戦後記録】
戦死者:1847名
名簿:取得済み(贈与)
これは商売ではない。
商売にしてはいけない。
1847名、全員の名前を読んだ。
全員、覚えた。
エルフの記憶は劣化しない。
この人たちの名前は、私が死ぬまで消えない。
それだけだ。




