第8話 仙吉の豆腐
翌日、佑は地上を少し歩いた。銅の精錬が軌道に乗り始めたのを確認してから、城下の市場の端を歩いた。
豆腐屋があった。
小さな店だった。木の台の上に、白い豆腐が並んでいる。朝の光を受けて、表面が少し光っていた。
「おや」
声をかけられた。店の奥から出てきたのは、七十近い老人だった。小柄で、陽に焼けた顔に笑い皺が刻まれている。佑を見て、少し目を細めた。驚いていない。耳の長い来訪者を見ても、ただ目を細めた。
「見かけん顔の……旦那、耳が長いな」
「そうですね」
「どこから来た」
「遠いところから」
老人──仙吉は佑の顔をしばらく見てから、台の上の豆腐を顎でしゃくった。「豆腐はどうだ。朝の一丁目だ、柔らかい」
「……いくらですか」
「旦那みたいな変わった顔の人に売ったことないから」仙吉は少し考えて、「試食だ、持っていけ」
佑は止まった。
値段がつかない。いくらですかと聞いたのに、返ってきたのは値段ではなかった。受け取るべきか断るべきか。等価交換の原則から言えば──
仙吉が豆腐を一切れ、佑の手に乗せた。
「固まってどうした。食え、食え」
佑は手の上の豆腐を見た。
白かった。
木綿豆腐の、素朴な白さだった。異世界にはなかった。宇宙食の大豆製品にもなかった。この、何かを丁寧に作った人間の手の跡が残るような、実直な白さが。
口に入れた。
柔らかかった。大豆の甘みが、静かに広がった。
佑は動かなかった。
一秒。二秒。
「旦那……泣いてるのか?」
「……違います」
「嘘つけ。目が光ってるぞ」
佑は目を拭った。濡れてはいなかった。ただ、少し熱かった。
「……美味しいです」
「そうだろう」と仙吉は言った。「わしの豆腐は尾張一だからな」
「尾張一」
「そのうち日本一になる」
佑は仙吉を見た。七十近い老人が、本気の顔で言っていた。自慢でも冗談でもなく、ただ事実として。
「……信じます」と佑は言った。
仙吉がまた笑った。「旦那、また来い。次は豆腐一丁丸ごと食わせてやる」
「次は払います」
「いらん。珍しい顔の旦那に食わせるのは楽しいんだ」
佑は少し考えてから、「……では」と言った。
「では?」
「次来た時、私が美味いと思ったものを教えます。それで」
仙吉は少し考えて、また笑った。「それで十分だ」
佑が歩き出した時、仙吉の声が追いかけてきた。「旦那、名前は」
「佑です」
「佑か。良い名だ。また来いよ、佑」
佑は振り返らなかった。
振り返ったら、また目が熱くなりそうだった。
その夜の帳簿の備考欄に、佑は一行だけ書いた。
仙吉の豆腐が旨かった。
【1582年・支出記録】
豆腐 一丁
価格:不明
備考:「貰った」
次は払う。
次こそ払う。
払えなかった場合の備えとして、
良かった点を一つ記録しておく。
旨かった。
非常に旨かった。




