閑話「設計図の涙」
田中源一郎が工作船に来たのは、夕方だった。
いつもは事前に連絡がある。しかし、その日は何も言わずに来た。入ってくる前に、少し間があった。ドアの前で、躊躇っていたのだろう。
佑はドアを開けた。
源一郎の顔を見て、何があったかを察した。
言わなかった。中に入れて、茶を出した。源一郎は茶に手をつけなかった。
しばらく、沈黙が続いた。
「……玄界灘で」
源一郎が、ようやく口を開いた。声が、震えていた。
「私の設計した潜水艦が、輸送船を沈めました」
「知っています」
「民間の船でした。……十七人、死にました」
「知っています」
源一郎は、手を握ったり開いたりしていた。
「私が設計した。私が……」
そこで声が止まった。
佑は、源一郎の横に椅子を持ってきて、座った。
何も言わなかった。
「技術は正しく使われると思っていた。軍事に転用されることは、わかっていた。でも、まさかこんな形で——」
源一郎は顔を手で覆った。大きな手が、震えていた。
「私は、人を殺したんですか」
「……それは技術を売った私の罪でもある」
佑は静かに言った。
「あなただけの罪ではない」
「でも、私が設計しなければ——」
「私が売らなければ、あなたに学ばせなければ、という話なら、私の方が先にある」
佑はそのまま、動かなかった。
源一郎が泣いた。声を抑えながら、肩を震わせて泣いた。六十を過ぎた技術者が、子供のように泣いた。
佑は何も言わなかった。何かを言う言葉を持っていなかった。等価交換で解決できることではなく、慰めで消えることでもなかった。
ただ、隣にいた。
夜が来た頃、源一郎が顔を上げた。
「佑さんは」
「はい」
「こういうことが、今まで何度もありましたか」
「はい」
「その度に、どうしていましたか」
佑は少し考えた。
「……隣にいる人間を、探しました」
源一郎は、それを聞いて黙った。
やがて、茶を一口飲んだ。冷めていたが、飲んだ。
「ありがとうございます」
「等価交換では、ありません」
「わかっています」
その夜、二人は長い間、工作船の中で過ごした。話すこともあったし、沈黙の時もあった。どちらが長かったかは、佑の帳簿には残っていない。




