第32話 中央アジア もう一つの話
一八三〇年代のある日、佑は好戦的な大名──伊達家の現当主──に通信を入れた。
『少し相談があります』
「何だ」
『中央アジアの南半分を、ある民族のために使わせてもらえませんか』
「知らん民族に土地をやる理由がない」と大名は言った。即座に。
『これから迫害されます』と佑は言った。『長い時間をかけて、ひどい目に遭います。逃げ道を与えてやれないかと』
「……迫害される民族か」
『ユダヤ人という人々です。今は欧州にいます。ただ、これからの歴史を考えると──』
「これからの歴史を知っているのか」
『知っています』と佑は言った。『知っていて、何もしないことが多いですが、今回は頼んでみようと思いました』
大名が少し沈黙した。
「お主には世話になっている」とようやく言った。「少しなら、くれてやる」
『ありがとうございます』
「お主、商売にならないことをたまにやるな」
佑は少し間を置いた。『……たまには』
「珍しいな」
『私も、そう思います』と佑は言った。
通信が切れた後、フィリアが入ってきた。「今の話を聞いていました」
「聞いていましたか」
「佑が助けを求めたのは、珍しいです」
「頼んだだけです。助けたわけではないです。土地を使うのは人間です。私は交渉しただけです」
「それを頼むことが」とフィリアは言った。「珍しいです」
佑は窓の外を見た。
「南大西洋の奴隷貿易に関して何もしなかったのとの辻褄が合わない、と思いますか?」
奴隷貿易を止めるには結局西欧を徹底的に潰すしかありません、でも西欧が奴隷にやる事、私が西欧にやる事。果たして違いはあるのでしょうか?
「思いません」とフィリアは言った。「人間には、どうしても動けない時と、動けてしまう時があると思います。佑も同じです」
「エルフですが」
「佑はほとんど人間です」とフィリアは言った。穏やかに。
佑は少し黙った。
「……それは褒めていますか」
「褒めています」
「ありがとうございます」と佑は言った。




