第30話 日本人が佑を超えた瞬間
一八三〇年代。
大学統合校の工学部に、若い研究者がいた。
田中源一郎。二十四歳。農民の子で、試験一本で入学した。父親が「佑の農業指導で初めて米が安定した農村」の出身だった。
ある朝、彼が工作船に来た。
「潜水艦の耐圧殻についてお聞きしたいのですが」
佑は少し驚いた。「どうぞ」
「私の計算では、鋼材の配合をこう変えれば深度が一・五倍になります」
田中が紙を差し出した。数式が並んでいる。佑は受け取って、見た。
一行ずつ確認した。
計算は正しかった。というより——
「……この係数の導き方、どこで」
「自分で考えました。先生が以前、材料力学の講義で出した問題から発展させました」
佑は数式をもう一度見た。
正しい。完全に正しい。というより、佑が持っているデータより精度が高い部分がある。
「溶接の技術が必要になります」と佑は言った。「売れます」
「ありがとうございます!計算の方は合ってましたか?」
佑は少し間を置いた。
「……合ってます。完璧に」
「やった!」
田中が部屋を出て行った。
フィリアが横に来た。「それは良いことですよね?」
「……そうですね」と佑は言った。「最高に良いことです」
その夜の帳簿。
【1834年・記録】
田中源一郎、来訪。
耐圧殻の計算を持ち込んだ。
私より精度が高かった。
農民の子が、農民の土地で育って、
試験一本で大学に入り、私より良い計算をした。
二百五十年。
長かった、だが。
私は何もしていない。
売っただけだ。
教えただけだ。
選んだのは彼らだ。
考えたのも彼らだ。
ここまで来たのは日本人自身だ。
今夜は一人で、旨いものでも食べよう。




