第29話 見捨てることの重さ——何もしない神の倫理
一八〇〇年。
佑は航路調査のため、南大西洋を工作船で通過していた。
その時、センサーが拾った映像があった。
奴隷船だった。
アフリカの港から出港したばかりの、大型の輸送船。甲板の下に、数百人が詰め込まれている。センサーは熱源を拾う。オレンジ色の点が、無数に重なっていた。
佑は映像を見た。
止められる。工作船の能力でいえば、この船を一秒で停止させることができる。全員を解放することができる。
ただし——日本以外と取引しない。直接介入しない。それが方針だった。
佑はしばらく、映像を見ていた。
フィリアが横に来た。
「……見えています」とフィリアは言った。
「見えています」
「どうしますか」
「……何もしません」
フィリアは何も言わなかった。佑も何も言わなかった。
船は通り過ぎた。
その夜、佑は帳簿を開かなかった。
開けなかった。
翌朝、開いて、一行だけ書いた。
昨日、見た。
何もしなかった。
正しい選択だったかどうか、分からない。
分からないまま、続ける。
奴隷船を見捨てた夜
ライルが翌日、佑の部屋に来た。何も言わずに、お茶を置いた。
「……ありがとうございます」
「飲んでください」
それだけだった。
佑は後に、この日のことを「方針が正しいと信じる一方で、正しいという言葉が最も重く感じた日」と記録している。




