閑話「工作船の幽霊」
信長が死んで三年が経った。
佑は時々、工作船の廊下を歩く時に振り返る。
誰もいない。
当然だ。工作船にいるのは、エルフたちと佑だけだ。信長がここに来ていたのは特別な時だけで、しかも信長はもう死んでいる。廊下に誰かがいるはずがない。
それでも、振り返る。
最初は気のせいだと思っていた。長く生きると、感覚が鈍くなるものだ。あるいは過敏になる。佑の場合は、時々、死んだ人間の気配を感じる。
しかし、信長の気配は特別だった。
他の死者の気配は、悲しかった。胸が重くなる感覚だった。
信長の気配は——誰もいないとわかった瞬間——少し、安心する。
なぜかは、わからない。
ある夜、フィリアが廊下で佑とすれ違った。佑が立ち止まって振り返るのを見て、フィリアが「何かいますか?」と聞いた。
「いません」
「じゃあなぜ振り返るんですか」
「……癖です」
フィリアは不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
佑はしばらくその場に立っていた。
信長が最後に工作船に来た時、何をしていたかを考えた。たしか、窓から夜の海を見ていた。「波が光っているな」と言っていた。佑が「生物発光です」と説明しようとしたら、「そういうことじゃない」と遮られた。
信長は、そういうことをよく言った。
説明される前の感動を、説明で殺すな、という意味だったのだろう。
佑は廊下の窓から、夜の海を見た。
暗くて、何も見えない。発光する波もない。
しかし、窓の向こうに、何かがいる気がした。
いや、いない。
それでも佑は、もう一度振り返った。
誰もいなかった。
安心した。
安心することの、理由はわからなかった。




