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神の如き宇宙人は何もしない~ただ売るだけ~  作者: 苺一会
第二部「エルフが暴走し、日本が育つ」 第五章「北米 最初の街と、信長の死」

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閑話「帳簿の余白」

 信長が死んだのは、霜月の夜だった。

 

 城佑は工作船の帳簿を開いたまま、夜明けまで何も書かなかった。

 

 払うべきものは払い終えた。貰うべきものは全て受け取った。信長との五十年の取引は、数字の上では完全に等価だ。黄金、鉄、情報、そして——佑が測り損ねていた何か。それが何かを考えながら、彼はペンを走らせた。

 

 信長殿との取引、完了。

 書いてから、手が止まった。


 思い出したのは、三年前のことだ。信長が風邪で臥せっていた時、佑が工作船に見舞いに行った。信長はいつもの威圧も虚勢も脱ぎ捨てて、しわの深い顔で薄い布団の中にいた。


「お主、火打石は持っておるか」

 寝言のような問いだった。


「持っていません」

「そうか。ならこれをやろう」


 信長は枕元から古い火打石を取り出した。表面が磨り減って、持ち主の長年の癖で角が丸くなっている。

 

「いりません。等価交換の——」

「黙れ」

 信長は珍しく穏やかな声で言った。

 

「わしが死んだら、焚いてくれ。それだけでよい」

 佑は受け取った。受け取るしかなかった。


 問題は、今ここにある。

 

 帳簿の「備考」欄に、佑はゆっくりと書いた。

 

 

備考:信長殿より預かりし火打石、一個。焚くべき機を失した。

 失した、という言葉を書いてから、しばらく動けなかった。臨終の場には間に合わなかった。焚けなかった。手が出なかった。火打石を握ったまま、ただそこに立っていた。自分でも理由がわからない。

 等価交換が成立していない。

 返せないものが、ある。



 佑は帳簿を閉じ、引き出しを開け、別の帳簿を取り出した。こちらは、もっと古い。

 瀬川結との取引記録。


 最後のページを開く。結が死んだのは、信長より十五年あとのことだ。春の終わり、桜が散り切った日に、静かに眠った。

 佑は、その日の欄に一行だけ書いていた。


 瀬川結より、蕨餅三個。代金、三枚。

 三枚、というのは嘘だった。


 あの日、病床の結が「私に値段をつけるとしたら」と聞いた。佑は答えようとして、答えられなかった。黄金、と言いかけた。全部でも、と言いかけた。それが嘘になると気づいたので、代わりに「三枚です」と言った。

 結は笑った。「ずいぶん安い」と言って、また笑った。目の端に光るものがあったが、笑い続けていた。


 佑は今も、その値段の正しい書き方を知らない。

 三枚と書いた文字の下に、いつの間にか小さな文字で何かが書いてあった。結の字だ。佑が気づいていないと思っていたのだろう。

 

 今日も和食が美味しかったですね。

 いつ書いたのかわからない。帳簿がいつの間にか結に読まれていて、書かれていた。いつ気づいたのかも覚えていない。気づいた時にはもう、消せなかった。


 佑は帳簿を二冊並べた。

 返せない火打石。


 値段のつかない人間。

 どちらも、等価交換の外にある。外にあるのに、帳簿のどこかに書かずにはいられなかった。数字にならないものを数字の横に置いて、何度も読み返した。それが自分の習慣になっていたと、今初めて気づいた。


 夜明けの光が、工作船の窓に入ってきた。

 佑はペンを取り、備考欄の下に一行書き足した。


備考:返せないものの総数、二件以上。増加中。対処法、不明。

 閉じた帳簿を引き出しに戻した。どちらも捨てられない。捨てる理由が見つからない。

 等価交換は、成立していない。

 それで、よかった。


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