閑話「日本人だけは買えない 1630年」
第二部、ポルトガル商船の航海日誌より。
1630年大西洋、某所。
今日、奇妙な話を聞いた。
同業者のオランダ人が、東洋での商売について話していた。彼はアフリカと東洋を往復する商人で、いわゆる「荷物」の取引も手がける男だった。
彼が言った。
「日本人だけは買えない」
私は理由を聞いた。
「売りに来ないからだ」と彼は言った。「あの国は、自国民を絶対に売らない。それだけではなく、日本の商船が来る港では、我々の商売がやりにくくなる」
「なぜだ?」
「日本人が来ると、現地の者たちが話を聞き始める。日本人はその土地の言葉を覚えて話しかける。現地の者たちに、字を教え始める。計算を教え始める。字が読めるようになった者は、証文を自分で読む。計算できる者は、値段の誤魔化しに気づく」
私は黙って聞いた。
「一番困るのは」と彼は続けた。「日本人が現地の者に言うことだ。『あなたの土地の作物はいくらで売れるか、自分で計算しなさい』と言う。計算した者は、我々に安く売らなくなる」
「それは商売の邪魔だな」
「邪魔だ」と彼は言った。「日本人は武器で戦わない。字と算術で戦う。そちらの方が、長く続く」
私は航海日誌にこれを書き留めた。
理由は分からないが、重要な気がした。
日本人は荷物にならない。そして日本人が来た港では、他の荷物も減っていく。
不思議な国だと思った。




