閑話「市場で見つけたもの 1625年」
収穫期の市場は、いつもより人が多かった。
佑はモリスと並んで市場を歩いていた。特に目的はなかった。南米の偵察映像を切ってから、佑は時々こうして地上を歩いた。工作船の中にいると、考えすぎた。
モリスは市場に来るたびに土を触る。野菜を持ち上げて匂いを嗅ぐ。売り子に季節を聞く。毎回同じことをする。佑はそれが嫌いではなかった。
川沿いに差し掛かった時、モリスが止まった。
「佑」
「なんですか」
「あれ」
モリスが指差した先に、見慣れない機械があった。
水車だった。ただし、普通の水車ではなかった。川に据えられた水車から、木製の軸が横に伸びていた。軸の先に、見慣れた形の機構が繋がっていた。
脱穀機だった。
水車が回るたびに、軸が動いた。軸が動くたびに、脱穀機の歯が回転した。川の流れが、そのまま脱穀の動力になっていた。
農民が二人、機械の横に立っていた。特に驚いた様子もなく、刈り取った稲を機械に送り込んでいた。脱穀された籾が、桶に落ちていた。
佑は止まった。
脱穀機は佑が売った。水車はモリスが設計を教えた。しかし、この二つを繋ぐことは、誰も教えていない。
「……モリス」
「はい」
「これは」
「私が教えた水車です」とモリスは言った。声が少し変だった。「私が教えた脱穀機の原理です」
「繋げることは」
「教えていません」
二人でしばらく機械を見ていた。水車が回り続けていた。籾が落ち続けていた。農民二人は佑たちに気づいていなかった。気づかれる必要もなかった。機械は動いていた。
佑は農民の一人に声をかけた。
「これは誰が作りましたか」
「うちの倅ですよ」と農民は答えた。「去年の暮れに思いついたって言って、春から作り始めて」
「どこかで習いましたか」
「さあ、自分で考えたって言ってました。水車を見ながら、これで脱穀できないかと思ったって」
佑は機械を見た。木の継ぎ目が丁寧に処理されていた。軸の角度が、動力の伝達に最適な角度になっていた。計算したのか、経験で出したのか。どちらにしても、正しかった。
「倅さんは今いますか」
「今日は別の畑です。何か?」
「いえ」と佑は言った。「よく出来ていると思っただけです」
農民が笑った。「そうですか、それは嬉しい」
佑とモリスは川沿いをもう少し歩いた。モリスは何も言わなかった。珍しかった。モリスは普段、農業の話になると止まらない。
「モリス」
「はい」
「どう思いますか?」
「……正直に言いますか」
「どうぞ」
「悔しいです」とモリスは言った。「私より良い角度です、あの軸の」
佑は少し笑った。
「それは良かった」
「良くないです」とモリスは言った。ただし、声が嬉しそうだった。「全然良くないです」
その日の帳簿に、佑は書いた。
【1625年・秋・記録】
市場にて、水車連結型脱穀機を発見。
製作者:近郊農民の倅、名前不明。
水車の設計:モリスが教えた原理。
脱穀機の原理:佑が売った型を参考。
組み合わせ:誰も教えていない。
モリスが「軸の角度が自分より良い」と言った。
備考:これが最高の商売だと、
初めて思った。




