閑話「信長と佑の囲碁」
時期:第二部・信長晩年(1640年代)
信長が七十代になった頃、囲碁を持ち込んだ。
「勝負しろ」
「囲碁ですか」
「うむ」
十七連敗した。
信長は全局、無言だった。怒っているわけでも、諦めているわけでもなかった。佑を見ながら、何かを計算し続けていた。
十八局目の前に、信長が言った。
「お主は、囲碁でも商売と同じ手を打つな」
「どういう意味ですか」
「勝てる手を選ばず、『相手が一番嫌がる場所』を選ぶ。それでいつも勝つ。しかし」
「しかし?」
「十七局、私が一番嫌がっていた場所が分かったか?」
佑は少し止まった。
「……」
「わしが一番嫌なのは、負けることではない」と信長は言った。「読めない相手に当たることだ」
十八局目が始まった。
信長は最初の一手を、佑が今まで一度も想定しなかった場所に置いた。
佑は六十手目で、初めて迷った。
信長が勝った。
佑は少し黙ってから言った。「……どうやって」
「十七局、お主の癖を見た」と信長は言った。「五百年生きると、癖が出るものだな」
帰り際、信長が小さく笑った。「商売でも一度くらい、わしに負けてみろ。その方が面白い」
佑は帳簿に書いた。
備考:囲碁、17勝1敗。
1敗したのは信長殿が最後の一局だった。
五百年生きると、癖が出るらしい。
少し、悔しい。




