表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の如き宇宙人は何もしない~ただ売るだけ~  作者: 苺一会
第四章「信長との関係の確立 世界地図の説明」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/91

閑話「フィリア、出汁を知る」

 1589年・第一部後半


 発端は、善右衛門の娘が持ってきた椀だった。

 味噌汁だった。ただし、いつもと違った。

 

 佑は一口飲んで、止まった。

 旨い。旨いのだが、味噌の奥に何かある。味噌だけでは出ない、透明な旨味が椀に沈んでいた。


「……これは」

「鰹と昆布で出汁を取っています」と娘が答えた。「うちは昔からそうしています」


 佑は二口目を飲んだ。三口目を飲んだ。

 隣でフィリアが椀を覗き込んでいた。


「飲んでいいですか」

「どうぞ」

 フィリアが一口飲んだ。


 五秒、黙っていた。


「……もう一杯もらえますか」

「どうぞ」


 フィリアがもう一杯飲んだ。また五秒、黙っていた。


「佑」

「なんですか」


「これは、何ですか」

「出汁です」


「出汁?」

「鰹と昆布から取る旨味です」


「鰹と昆布」

 フィリアの目が、佑の知っている目になった。


 菌の話をする時と、同じ目だった。



 三日後、フィリアがいなくなった。


 書き置きが一枚あった。

 高知へ行きます。鰹を見てきます。申請は後で出します。


 佑(内心):申請は先に出してください。



〔高知・フィリア視点〕

 土佐の漁村は、潮の匂いがした。

 フィリアは浜に立って、鰹を見ていた。漁師たちが水揚げした鰹は、銀色に光っていた。大きかった。思っていたより、ずっと大きかった。


「これを削るんですか」とフィリアは漁師に聞いた。

「そうですよ」と漁師は答えた。「煮て、燻して、カビをつけて、乾かして」


「カビ?」

 フィリアの目が光った。


「何のカビですか」

「さあ、先祖代々のカビですよ」


「何代前からですか」

「さあ」


「カビは生きていますか」

「生きてますよ、今も蔵に」


 フィリアは蔵を見た。古い蔵だった。

 菌は、待つことを知っている。先日自分が言った言葉を思い出した。

 鰹節の蔵の菌も、ずっと待っていたのだ。削られる瞬間を。湯に入る瞬間を。旨味になる瞬間を。


「見せてもらえますか」

「どうぞ」


 フィリアは三日、蔵から出なかった。

 四日目の朝、漁師に頭を下げた。

 

「ありがとうございました。次は昆布を見に行きます」

「昆布は北ですよ」

「知っています」



〔利尻・佑視点〕

 フィリアから通信が来た。

『利尻にいます。昆布が想像より複雑です。もう少しかかります。』


 佑は返信した。

「いつ戻りますか。」

『分かりません。昆布が面白すぎます。』


 佑(内心):面白すぎますで済ませないでください。


 十日後、フィリアが戻ってきた。両手に昆布を抱えていた。乾燥した昆布が、腕からはみ出していた。


「戻りましたか」

「戻りました」とフィリアは言った。顔が上機嫌だった。「昆布は海の菌です」


「昆布は植物では」

「菌ではないですが、菌と同じです。時間をかけて旨味を蓄えます。利尻の昆布は冷たい海で育ちます。冷たいほど、ゆっくり育ちます。ゆっくり育つほど、旨味が深くなります」


「……なるほど」

「鰹も同じです。黒潮で育ちます。速い流れの中で育ちます。速いほど身が締まります。身が締まるほど、削った時の香りが高くなります」


「申請書は」

「後で書きます」


「先に書いてください」

 フィリアが昆布を床に置いた。大量だった。


「佑」

「なんですか」


「出汁は、二つのものが合わさった時に初めて完成します」

「はい」

「鰹だけでも昆布だけでも、足りないんです。二つが合わさって、初めて出るんです」


 佑は少し考えた。

「……合わせ出汁ですね」

「合わせ出汁」とフィリアは繰り返した。「いい言葉です」


 その夜、フィリアは鰹と昆布で出汁を取った。味噌汁にした。

 工作船に、出汁の匂いが広がった。


 佑は飲んだ。

 旨かった。


 その日の帳簿に、佑は書いた。


【1589年・秋・記録】

 フィリア、高知と利尻へ無断出張。

 申請書、未提出。

 帰還後、昆布を大量持ち込む。

 合わせ出汁の味噌汁、旨かった。


備考:菌の次は出汁か、と思ったが、

 考えてみれば出汁も菌も同じだ。


 時間と素材が合わさって、初めて出るものがある。

 フィリアはそれをよく知っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ