閑話「佑が和菓子で動けなくなる」
(1600年代・江戸の菓子屋)
モリスの農業指導が実を結んで、砂糖の品質が上がり始めた頃のことだった。
江戸の菓子屋に、新しい生菓子が出た。
フィリアが「食べてみてください」と言って持ってきた時、佑はちょうど帳簿を付けていた。
「何ですか」
「わらび餅です。今の江戸で一番良い出来だと思います」
佑は一口食べた。
止まった。
「……」
「どうしましたか」
「……もう一回言ってください、今のを」
「わらび餅です」
「違います、味の話を」
「わらび粉を練って、きなこと黒蜜をかけたものです」
「その黒蜜は」
「モリスが指導した黒糖から作っています。モリスが『正しい甘さになった』と言っていました」
佑はもう一口食べた。また止まった。
「……」
「泣いてますか」
「泣いていません」
「目が──」
「照明の問題です」
フィリアは何も言わなかった。ただ「私も食べていいですか」と言って、向かいに座った。二人で少し黙って、わらび餅を食べた。
「……異世界にはなかった」と佑がやがて言った。「こういうものが」
「なかったですね」
「十年間、一度も食べられなかった」
「はい」
「これのために」と佑は言った。「ここに来た気がしてきました。今更ですが」
「最初から来ていますよ、ここに」
「そうですが」
また少し黙った。
「次もまた買います」と佑は言った。「倍の値段を払います」
「なぜ倍ですか」
「美味しかったので」と佑は言った。「対価を払わないと落ち着かない」
フィリアはしばらく考えてから言った。「値段をつけられないものに弱いと言ったことがありましたが」
「ありましたね」
「値段をつけられるものには、本当にちゃんとつけますね」
「商売なので」と佑は言った。ただその声は、少し穏やかだった。「当然です」




