閑話「心配しましたか?」
結が過労で倒れたのは、三月の末だった。
知らせを受けた時、佑はちょうど帳簿の整理をしていた。「所長が倒れました」という言葉を聞いて、帳簿を閉じた。閉じてから、何をすべきかを三秒考えた。医療ポッドを使えば一晩で治る。しかしそれは商売ではない。
結果として、佑は工作船の医療室から氷嚢を一つ持って、結の屋敷に向かった。
結は布団の中で、苦しそうに眉を寄せていた。熱は高かった。周りの者が「医者を呼びました」「薬を用意します」と慌ただしくしている中、佑はただ椅子を引いて、布団の横に座った。
「……佑さん」
結が目を開けた。
「来てしまいました」
「来てしまった、じゃないです。ちゃんと来てください」
佑は氷嚢を結の額に置いた。
「医療ポッドを使えばよかったのに」
「それは商売ではありません」
「じゃあ、なんで来たんですか」
佑は少し考えた。帳簿上の理由が、見つからなかった。
「……来なければならない気がしました」
結は笑おうとして、顔をしかめた。熱のせいで、笑うのも痛いらしかった。
夜中、医者が帰り、屋敷の者たちも休んだ。それでも佑は帰らなかった。帰る理由が見つからなかった。氷嚢が温まるたびに取り替えて、水を飲ませた。必要だから、という理由ではなかった。ただそこにいた。
夜明け前、結が目を覚ました。
熱が少し下がっていた。結は天井を見て、横を見て、まだ佑がいることに気づいた。
「……心配しました?」
佑は一瞬だけ間を置いた。
「少し」
結は、今度こそちゃんと笑った。
「『少し』って言える佑さんが、私は好きです」
「どういう意味ですか」
「前は『心配という感情の等価交換を——』って言いかけたじゃないですか」
佑はそれを覚えていた。三年前のことだ。
「……進歩しましたか」
「しました」
結は目を閉じた。
「佑さん、帰っていいですよ。回復しますから」
「もう少しいます」
「等価交換は?」
「……対処法、不明です」
結は何も言わなかった。しばらくして、寝息が聞こえた。
佑は、夜明けまでそこにいた。帳簿に書く言葉が、見つからないままで。




