閑話「安土城の電灯 1585年」
第一部、1585年秋。
ドワリンが天守閣に電球を引いたのは、完全に気まぐれだった。
下水工事の視察で安土に来た帰り、余った材料があった。ケーブルがあった。電球があった。琵琶湖から伊勢湾に流れる川に水力発電を設置して安土城に電気を流すというちょっとした思いつきだった。
やった。
翌朝、ドワリンは佑に報告した。
「安土城の天守閣に電灯を引きました」
「……申請は?」
「後で出します」
「先に出してください」
その夜、信長が天守閣の最上階に上がった。
ドワリンが電球のスイッチを入れた。
闇の中に、白い光が灯った。
安土の城下から見ると、天守閣の頂が光っていた。提灯の色ではなかった。篝火の色でもなかった。白く、静かな光だった。
城下の人間が空を見上げた。声が出なかった。
信長は光の中に立っていた。しばらく何も言わなかった。
「ドワリン」
「はい」
「これは何年後に一般に広まる」
「百年から百五十年後です」
「そうか」
信長が城下を見た。光の届かない暗い町が広がっていた。
「百年後の人間は、これを当たり前と思うか」
「思います」とドワリンは答えた。「生まれた時からあれば、当たり前です」
「……そうか」
信長がもう一度光を見た。
「当たり前になるまで、儂は生きていないな」
「そうですね」とドワリンは言った。正直に答えた。
「構わん」と信長は言った。「始めた者が見届けなくていい」
光が、夜の安土を照らし続けた。




