第14話 フィリア対ライル 味噌醤油冷戦の開幕
工作船の食堂に、緊張が走ったのは夕食の時だった。
フィリアが自作の味噌汁を持ってきた。善右衛門の蔵の菌を使って、三ヶ月かけて作った味噌の、初めての味噌汁だった。全員に配った。
ライルが一口飲んで言った。「……醤油の方が汎用性が高いですね」
食堂が静まった。
フィリアが、ゆっくりとライルを見た。穏やかな顔のまま、目だけが少し変わった。
「醤油は便利なだけです」とフィリアは言った。「発酵の深みが足りない」
「汎用性が高い」とライルは言った。「どんな料理にも使える」
「どんな料理にも合うということは」とフィリアは言った、「何にも特化していないということです」
「効率の問題です。一つで複数の用途をカバーする方が──」
「効率で発酵を語らないでください」
「発酵も突き詰めれば効率の問題に──」
「なりません」
モリスが二人の間で食べながら言った。「どっちも旨い」
「それは関係ない」と二人が同時に言った。
「……関係ある」とモリスは言った。少し悲しそうに。
佑が食堂に入ってきて、状況を一秒で把握した。
「……またやっているんですか」
「どちらも売れます」と佑は言った。「どちらも日本人に広まるといいと思っています。終わりにしてください」
三分後、フィリアが言った。「ライル、麹菌の多様性という観点から──」
「フィリア」と佑が言った。「終わりにしてください」
五分後、ライルが言った。「フィリア、醤油の生産効率を路線で運搬するという案が──」
「ライル」と佑が言った。「終わりにしてください」
備考:フィリアとライルが味噌と醤油について議論した。
三回止めた。おそらく明日も続く。
ただし、この対立が関西と関東で別々の食文化を作る可能性がある。
フィリアが京都に入り込んでいる。
ライルは江戸方面の路線を優先している。
意図せず、日本の食文化の地域差を作っているかもしれない。
これが良いことかどうかは、百年後に分かる。




