閑話「ルイス・フロイスの書簡 1586年」
イエズス会総長 クラウディオ・アクアヴィーヴァ猊下
謹んで申し上げます。
日本布教の現況につきましては、先の書簡にて詳しく申し上げた通りでございます。本書簡では、かねてより報告を保留しておりました一件について、正式にご報告申し上げる次第です。
織田信長公の傍らに、常に一人の異形の男が座っております。
名を城佑と申します。
初めて目にしたのは三年前のことです。信長公との謁見の折、上座の信長公の隣に、この男が静かに座っておりました。侍女でも家臣でもない。通訳でもない。ただ、座っておりました。
外見について申し上げます。耳が長く、肌の色が我々西洋人とも日本人とも異なります。目の色は薄く、光の当たり方によって変わります。年齢は判然としません。三年前と今とで、顔が全く変わっていません。三十代にも見えますし、五十代にも見えます。
この男の奇妙さは外見ではございません。
振る舞いにあります。
信長公は天下人です。謁見の場では、いかなる大名も平伏します。しかしこの男は平伏しません。信長公の隣に座り、信長公と同じ高さで人を見ます。信長公もそれを咎めません。むしろ、この男の方を向いて話すことが多い。
私はこの光景を初めて見た時、侮辱だと思いました。しかし信長公の表情を見て、考えを改めました。信長公は、この男と話す時だけ、微かに前のめりになります。天下人が、前のめりになるのです。
この男が何を売っているのか、私には分かりません。
書物を持ち込む時があります。地図のようでもあり、地図ではないようでもある。数字が書かれた紙を広げ、信長公に説明します。信長公が頷く。頷いた翌月に、どこかで何かが変わります。城が変わる。道が変わる。市場の品が変わる。この男が持ち込んだものが、形を変えて日本の中に広がっていきます。
恐ろしいのは、この男が何も強制しないことです。
与えません。売ります。
この違いが、私には最初理解できませんでした。神の恵みは与えるものです。しかしこの男は、信長公に対してさえ、必ず何かと交換します。タダで渡すことが、この男には倫理的に許せないようです。
もう一点、ご報告します。
この男の傍らには、同じく耳の長い女がおります。名をフィリアと申します。こちらは城佑と異なり、極めて感情が豊かです。先日、市場で大豆を見て歓喜し、その場で売り子に質問を始めました。売り子が困惑しておりました。この女が何を求めているのか、私にも売り子にも分かりませんでした。
城佑はその様子を遠くから見ており、諦めた顔をしておりました。
この表情だけは、私にも理解できました。
猊下、私はこの三年で多くの日本人と言葉を交わしてまいりました。日本人は理解できます。信仰の形は違えど、喜び、悲しみ、恐れる。人間です。
しかしこの城佑という男は、理解できません。
冷徹です。しかし冷酷ではありません。物品にしか興味がないように見えます。しかし人間を見ていないわけでもない。信長公が笑うと、この男も微かに笑います。その笑い方が、あまりにも小さいため、見落とすところでした。
一つだけ確かなことがあります。
この男は、大変よく食べます。
謁見の後、必ず何かを食べています。先日は豆腐を三丁食べていました。信長公が笑っておりました。城佑は笑いませんでした。ただ、黙って食べていました。
神の使いか、悪魔の手先か、あるいはまったく別の何かか。
私には判断がつきません。
ただ、この男が日本にいる限り、日本は変わり続けるでしょう。私はそれを確信しております。
引き続き、調査を続けます。
主の御加護を祈りつつ
1586年秋 日本の安土にて、ルイス・フロイス




