閑話「なぜ日本か 1583年」
第一部序盤、工作船内
本能寺の変から一年が経った頃、フィリアが佑に聞いた。「佑、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「なぜ日本と取引しているんですか」 佑は少し考えた。「偶然です」
「偶然」
「ここに落ちたからです。神様が時間を間違えなければ、未来の筈でした。」
「別の場所だったら、そこと取引していましたか?」
「……分かりません」と佑は言った。「ただ、日本だったから上手くいっている部分はあります」
フィリアが続きを待った。
「信長という人間がいました」と佑は言った。「最初の取引相手です。あの人が違う人間だったら、今の形にはならなかった」
「信長だから良かったんですか?」
「信長だから、ではありません」と佑は言った。「信長が持っていた条件が、たまたま噛み合いました」
佑が指を折った。
「一つ。あの人は利益の話が理解できた。感情より先に計算する人間でした。等価交換の概念を飲み込むのが早かった」
「二つ。戦国時代だったこと。秩序が壊れていた。壊れていたから、新しいものが入る隙間があった。安定した国では、異物は排除されます」
「三つ。島国だったこと。外からの侵略リスクが低い。だから内側への投資が機能する。大陸の国なら、教育より軍備が先になります」
「四つ。商人文化があったこと。堺や博多に、すでに等価交換の感覚を持つ人間がいた。瀬川結がその典型です」
フィリアが黙っていた。
「これらは全部、偶然です」と佑は言った。「日本人が特別だからではありません。条件が噛み合ったからです。別の時代の別の場所でも、同じ条件が揃えば同じことができます」
「でも揃わなかった」
「そうですね。だから日本と取引しています」 フィリアが少し間を置いた。「佑は日本が好きですか」
「和食があります」と佑は言った。
「それは答えになっていません」
「十分な答えです」




