閑話「2070年の歴史授業」
エピローグ、高校にて歴史の授業。
2070年、春。
高校二年生の歴史の授業だった。
教師の名は中村といった。四十代だった。
「今日は城佑について話します」と中村は言った。
生徒の一人が手を上げた。
「先生、城佑って本当にいたんですか?」
「いました」
「でも四百年生きてるじゃないですか。人間じゃないですよね」
「人間ではありません」と中村は言った。「エルフです」
「エルフって本当にいるんですか」
「記録が残っています。外見の描写が四百年間一致しています。帳簿の筆跡が四百年間同一です。エルフという存在が何であるかは別として、城佑という人物が四百年以上存在し続けたことは事実です」
「エルフなのに何で名前が日本的なんですか?」
「良く分かってないんです」
別の生徒が手を上げた。
「先生、結局城佑は何をした人なんですか」
「売った人です」
「それだけですか?」
「それだけです」と中村は言った。「教科書を開いてください。第七章」
生徒たちが教科書を開いた。
中村が黒板に書いた。
「神の力を持ちながら何もしなかった。だから人間は自分で考えた。」
「これが城佑についての最も正確な記述です」と中村は言った。「では質問します。城佑は何もしなかった、と言いますが、本当に何もしなかったと思いますか?」
しばらく沈黙した。
前の席の女子生徒が手を上げた。
「売りました」
「そうです。売りました。では売ることは何もしないことですか?」
また沈黙した。
後ろの席の男子生徒が言った。
「売ることで、買った人間が考えるようにした、ってことですか?」
「もう少し正確に言えますか?」
「……売るだけで、あとは人間に任せた。だから人間が考えた」
「そうです」と中村は言った。「それが四百年間続きました」
生徒が一人、呟いた。
「和食のためだけに、四百年ですか?」
中村が少し笑った。
「帳簿には鰻重の記録が四百回以上出てきます」
「好きすぎる」と誰かが言った。笑いが起きた。
中村が笑いが収まるのを待った。
「来週、帳簿の原文を読みます。一番最初のページから」と中村は言った。「何が書いてあるか、予習してきてください」
チャイムが鳴った。
生徒たちが教室を出ていった。
最後に出た女子生徒が、黒板の字を見ながら言った。
「先生、城佑って、幸せだったんですかね」
中村は少し考えた。
「帳簿に『鰻重、旨かった』と四百回書いてある人間が、不幸せだったとは思えませんが」
女子生徒が笑った。出ていった。
中村は黒板を消した。




