閑話「宇宙へ行く日」
2089年、種子島宇宙センター。
出航の朝、食堂に七人いた。
恒星間探査船のクルーだった。全員が、トレイに同じものを乗せていた。
白米。味噌汁。焼き魚。漬物。
新人の宇宙飛行士・中村が、味噌汁を一口飲んで言った。
「なんで出航前って、毎回和食なんですか」
「伝統だ」と教官の田島が言った。
「いつからの?」
「五百年くらい前から」
中村が箸を止めた。
「五百年って……」
「昔、宇宙から来た奴がいてな」と田島は言った。白米を食べながら言った。「うっかり五百年ここにいた」
「何しに来たんですか」
「和食が食いたかっただけらしい」
中村が少し笑った。
「なんですかそれ」
「笑えるだろ」と田島は言った。「ただ、そいつのせいで世界が変わった」
「和食のために?」
「本人はそのつもりはなかったと思う。売っただけだから」
「……売った?」
「色々と。地図とか、技術とか、教育とか」
中村が味噌汁をもう一口飲んだ。
「美味いですね」
「そうだろ」と田島は言った。「五百年前から続いてる蔵の菌だ」
中村が椀を見た。
「その人は、和食食べられましたか」
「食べた」と田島は言った。「帳簿に四百回以上『旨かった』と書いてある」
「それだけですか」
「それだけだ」
食堂が静かになった。全員が黙って食べていた。
窓の外に、打ち上げ台が見えた。《タスク》が、朝の光の中に立っていた。
二時間後、《タスク》が飛んだ。
地球の重力を抜けた瞬間、中村は窓の外を見た。
青い地球が見えた。
五百年前、誰かがここから降りてきた。和食が食べたくて、五百年かけて世界を変えた。今度は人類が、ここから出ていく番だった。
中村は思い出したように、出航前に田島から渡された小さな袋を開けた。
インスタント味噌汁だった。お湯を注いだ。
飲んだ。
旨かった。
《タスク》は2089年4月、恒星間航行に成功した最初の人類となった。
乗組員七名は、目的地に到着した瞬間、全員が同じことを考えたと後に語っている。
「帰ったら、和食が食べたい」と。
— 了 —
——————————————————————————————
これにて完結です。ここ迄ご愛読頂きありがとうございます。




