第53話 佑から日本人へ 遺言
私は城佑。これを読んでいる人間が、いつの時代の人間かは分からない。
私が書いているのは、二十一世紀の初めだ。私の体が終わりに近づいている。だから書く。
一五八二年、日本にやって来た。四百七十八年、日本を見続けた。日本人と話し続けた。日本人が作ったものを食べ続けた。
最後に、言葉を残す。
・平和について
平和は、空気に似ている。
あって当たり前だと思っている間は、価値が分からない。なくなって初めて、どれほど大切だったかを知る。
私は四百七十八年日本を見てきて、戦争をするのも見てきた。
一五八〇年代から一八八〇年代まで、日本は何度も戦いの瀬戸際に立った。スペインの艦隊と戦った。欧州の連合艦隊と戦った。ロシアと戦った。豪州合衆国と戦った。
その度に、人が死んだ。
私は名前を覚えた。
一千八百四十七人、五百十二人。
数字で書くと、数字に見える。しかし全員に名前があった。全員に、普通の日があった。飯を食った日があった。笑った日があった。誰かを大切にした日があった。
その人たちが死んで、今の平和がある。
これが、平和の値段だ。
私が何もしなかった理由について
私は何度も、動こうと思った。
スペインの艦隊が来た時。欧州の連合艦隊が来た時。水雷艇が炎上した時。第三艦が沈んだ時。
「止められる。動けば止められる」と思った。
動かなかった。
なぜか。
自分で考えた人間だけが、自分で守れる。
私が全部解決したら、日本人は「佑が来れば何とかなる」と思う。次の危機も、私を待つ。私ががいない時代に危機が来たら、何もできない。
だから動かなかった。
辛かった。
辛いまま、動かなかった。
これを「冷たい」と言う人間がいるかもしれない。「神のような力があるのに使わないのは罪だ」と言う人間がいるかもしれない。
それは正しいかもしれない。
ただ、私はこう考えた。
人間が自分で考えて、自分で決めて、自分で戦って、自分で終わらせる。それが、本当の意味で「平和を守る」ことだ。誰かに守ってもらった平和は、その誰かがいなくなった時に消える。
平和が続く時代の人間へ
もしあなたが、戦争を知らない時代に生きているなら、それは幸せなことだ。
しかし、一つだけ頼む。
忘れないでほしい。
あなたが今、平和の中にいるのは、誰かが血を流したからだ。
その誰かは、英雄ではなかったかもしれない。普通の人間だったかもしれない。怖かったかもしれない。死にたくなかったかもしれない。それでも、戦った。
その人たちの名前を、私は覚えた。
あなたは覚えられないかもしれない。数が多すぎる。時代が遠すぎる。
それでも、「いた」ことだけは、覚えていてほしい。
名前は分からなくても良い。顔は分からなくても良い。
ただ、「いた」ことを。
その人たちが、飯を食い、笑い、誰かを大切にして、それでも死んでいった、という事実を。
それを忘れないでいることが、平和の値段を払い続けることだと、私は思っている。
・戦争について
戦争は、始める時より終わらせる時の方が難しい。
始める理由は、いつでも見つかる。
終わらせる理由は、作らなければならない。
私が五〇〇年弱かけて日本にしたことがあるとすれば、「終わらせる理由を自分で作れる人間を育てた」ことだと思っている。
信長殿は私に「日の本を頼む」と言った。
私は「守りません」と言った。
代わりに、守り方を学べる仕組みを売った。
それが最善の守り方だと、今でも思っている。
・幸せについて
幸せとは何か、と聞かれたら、私はこう答える。
旨いものを食べられる日が続くこと。
単純すぎると思うかもしれない。しかし四百年生きて、戦争を何度も見て、死を何度も見て、それでも行き着く答えはこれだ。
旨いものを食べるためには、農業が必要だ。農業には、安全な土地が必要だ。安全な土地には、平和が必要だ。平和には、互いを守ろうとする意志が必要だ。
全部つながっている。
鰻重が旨いことと、平和が続くことは、根っこでつながっている。
仙吉の豆腐が旨かった。
四百年前の朝、初めて食べた豆腐の味を、今でも覚えている。
あの豆腐が旨かったのは、仙吉が丁寧に作ったからだ。仙吉が丁寧に作れたのは、その朝が平和だったからだ。
平和とは、誰かが丁寧に豆腐を作れる朝のことだ。
それを守ることが、戦争を終わらせることだ。
最後に、私は商人だった。
売ることしかしなかった。情報を売り、技術を売り、兵器を売った。タダでは渡さなかった。戦わなかった。統治しなかった。
それだけだった。
それで充分だったかどうか、私には分からない。
ただ、信正が言った言葉を、最後に書く。
「佑さんが何もしなかったから、俺たちは自分で考えた」
もし、この言葉が本当なら。
もし、あなたが今、自分で考えているなら。
それが、答えだ。
自分で考え続けてほしい。
戦争が終わっても。平和が続いても。旨いものを食べている日も。
考えることをやめないでほしい。
考えることが、平和を守る最後の砦だ。
それだけを、頼む。
城 佑
一五八二年より日本に在り
四百七十八年の感謝を込めて
付記:和食は、旨かった。
最初から最後まで、ずっと旨かった。
それだけで、ここに来た意味があった。




