第50話 信正との対話
二〇六〇年。
佑は死の床にあった。
五百年生きると聞いていた。神様がそう言っていた。概ねその通りだったが、四百七十余年でその時が来ようとしていた。
部屋は工作船の中にあった。窓の外に、夜の地球が見える。日本が、夜側にある。光の点が、列島の形をなぞっている。
信正が来た。
第十八代織田家当主。今の日本連邦の首相を先月辞任したばかりの男だった。五十代で、顔の奥に信長の目の気配が少しある。
「佑殿」
「来ましたか」
「……来ました」
信正が椅子を引いて、座った。
「……一つ聞いていいですか」と佑は言った。
「どうぞ」
「俺のやってきたことに、意味があったかな」
信正は少し間を置いた。
「ありました」
「どんな意味が?」
「佑殿が思っている理由とは、少し違うかもしれませんが」
「……どういう意味です?」
「佑殿は、技術を売った。情報を売った、地図を売った。それが日本を強くしたと思っているでしょう」
「そうですね」
「それは正しいです」と信正は言った。「ただ、それだけじゃない」
「……」
「佑殿が何もしなかったから、俺たちは自分で考えた。それだけです」
佑は少し間を置いた。
「……なんだそれ」
「最高の商売でしょう?」信正が笑いながら言った。
沈黙が来た。
窓の外に、夜の日本がある。光の点が、四百年前には一つもなかった場所に広がっている。
「……仙吉の豆腐、まだあるんですか」と佑は言った。
「あります。『深川ふじや』も今も続いています」
「研究所は」と佑は言った。
「続いています」と信正は答えた。「今は十二代目です」
佑は少し間を置いた。
「……甘くない人でしたか」
信正が少し笑った。「代によります」
「そうですか」
「食べますか。今から取り寄せます」
「……いいですね」
信正が通信端末に何かを言った。
「……信長殿に似てきましたね」と佑は言った。「声が」
「よく言われます」
「良い意味です」
「……ありがとうございます」
豆腐が届いた。
白かった。四百年前に仙吉から受け取った豆腐と、同じ白さだった。
佑は一口食べた。
柔らかかった。大豆の甘みが、静かに広がった。
「……旨いですね」
「そうですか」と信正が言った。
「はい。四百年前と同じ味です」
「そうですか」
信正は何も言わなかった。
佑も何も言わなかった。
ただ、豆腐を食べた。
神は何もしなかった。
少なくとも私はそう思う。
私は物を売った。
情報を売った。
少し助言した。
しかし決めたのは人間だった。
選んだのは彼らだった。
だからこれは人類の物語だ。




