閑話「六つの最後」
2055〜2059年、各地。
ライルの最後の時刻表
2055年、東京駅。
ライルが時刻表を見ていた。
超電導リニアの時刻表だった。東京から京都まで、二十三分。誤差ゼロ。
ライルは時刻表を折りたたんだ。
「もう私が設計しなくても動きます」と駅長に言った。
「おかげさまで」と駅長は言った。
「……褒め言葉は受け取りません」とライルは言った。「ただ、一つだけ」
「なんでしょう」
「遅延したら、私に報告してください。今後も」
駅長が笑った。
「もちろんです」
フィリアの最後の菌
2056年、京都 味噌蔵。
フィリアが蔵の前に立っていた。
蔵の中に、麹菌がいた。四百六十六年前、善右衛門の蔵から分けてもらった麹菌の子孫だった。
「元気ですか?」とフィリアは言った。
返事はなかった。
「私より長く生きています」とフィリアは言った。「あなたの方が先輩です」
フィリアは蔵に一礼した。
アイリスの最後の港
2056年、横浜港。
日本初の恒星間探査船の建造が始まっていた。
アイリスはドックを見ていた。
骨組みだけの船が、静かに形を作っていた。
「貴方が設計したんですか?」と技術者が聞いた。
「していません」とアイリスは言った。「日本人が設計しました」
「では、なぜここに?」
「見たかったから」とアイリスは言った。「私のロマンを超えた船を、見たかった」
骨組みを見た。
「……超えましたね」とアイリスは言った。「完全に」
シャリアの最後の講義
2057年、大学統合校 最終講義。
シャリアが教室に立っていた。学生が三十人いた。
「最後に一つだけ聞きます」とシャリアは言った。「なぜ学ぶのですか」
しばらく沈黙した。
一人が言った。
「自分で考えるためです」
シャリアは何も言わなかった。
黙って、頷いた。
それだけだった。
モリスの最後の収穫
2058年、北海道 農場。
モリスが土を手に取った。
サラサラしていた。四百年前、佐渡の土を初めて触った時と、全然違った。豊かだった。どこまでも豊かだった。
「モリス殿、今年の大豆はどうですか」と農家が聞いた。
モリスは土を鼻に近づけた。
「最高です」とモリスは言った。「今年も、最高です」
ドワリンの最後の水道点検
2059年、東京 地下水道。
ドワリンがヘルメットをかぶって地下に降りた。
管が並んでいた。ドワリンが設計した最初の管は、もうなかった。何度も更新されていた。日本人の手で更新されていた。
ドワリンは管を叩いた。音を聞いた。
「完璧です」と技術者が言った。
「知っています」とドワリンは言った。「ただ、叩きたかった」
「なぜですか」
「四百年叩き続けたので」とドワリンは言った。「習慣です」
技術者が笑った。
ドワリンも少し笑った。
—————————————————————————————
「元気があれば……何でも無いです」




