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閑話「日本人、エルフに礼を言わない」
1950年、東京。
戦後復興の市場を、佑は歩いていた。
声をかけられた。
振り返ると、三十代の男だった。作業着を着ていた。
「あんた、耳長いな?」
「長いですね」
「エルフか?」
「そうです」
「ふうん」
男は特に驚かなかった。じろじろ見なかった。
「何か用ですか?」と佑は聞いた。
「別に」と男は言った。「ただ、珍しいから声かけた」
それだけだった。男は行ってしまった。
佑はしばらくその場に立っていた。
三百六十八年前、佑が最初に市場を歩いた時、人々が避けた。指さした。遠巻きに見た。
百年前でも、まだ「神の使い」と言って頭を下げる人間がいた。
今は「珍しいから声かけた」だった。
佑は歩き出した。
悪くなかった。
むしろ、これが一番良かった。
その日の帳簿に、佑は書いた。
【1950年・記録】
市場にて、作業服の男に声をかけられた。
「珍しいから」とのことだった。
礼も言われなかった。
神扱いもされなかった。
備考:最高だった。




