閑話「信長の墓前にて」
1885年、安土 信長の墓。
講和条約の調印から一週間後、佑は一人で安土に来た。
信長の墓は、安土城の近くにあった。三百年前と変わらない場所だった。墓参りに訪れる人がいるのか、石が古くなっていたが綺麗だった。
佑は墓の前に立った。
何も持っていなかった。花もなかった。線香もなかった。手ぶらで来た。
しばらく黙っていた。
「……勝ちました」と佑は言った。
返事はなかった。
「正確には、日本が勝ちました。私は何もしていません」
風が来た。
「マクレガーという男が言っていました。考える国民に負けたと。あんたが一番聞きたかった言葉だと思って、報告に来ました」
佑は墓石を見た。
「あんたは最初から分かっていたんだと思います。儂は器を作るだけでいい、と言っていた。器を作れば、人間が勝手に育つと」
また風が来た。
「私は器すら作っていません。売っただけです」
佑は少し間を置いた。
「……それで良かったんでしょうか?」
返事はなかった。
「良かったんでしょうね。あんたなら『当たり前じゃろ』と言うと思います」
佑は一礼した。
「来るのが遅くなりました。三百年、かかりました」
踵を返した。
三歩歩いて、止まった。
「……楽しかったです」
それだけ言って、歩き出した。




