閑話「貿易摩擦 1983年」
エピローグ前、東京にて日豪通商会議。
会議は午前から始まって、夕方になっても終わらなかった。
豪州合衆国通商代表・エリザベス・ホーン三世は、資料の山を前に疲れていた。
日本連邦通商代表の田島は、疲れていない顔をしていた。
「整理させてください」とホーンは言った。「豪州は鉄鉱石、石炭、LNGを輸出したい。日本は買う気がない。なぜですか」
「買う必要がないからです」と田島は言った。
「自国で取れるということですか」
「北シベリアと北米アラスカ、両方から十分な供給があります」
「では小麦はどうですか。豪州の小麦を買ってください」
「自国で十分です、売る程あります」
「自国だけで足りるんですか」とホーンは言った。少し声が上がった。「日本連邦の人口は二億です」
「北米大陸の農地があります」と田島は言った。「モリス農法で単収が高い」
ホーンは資料を閉じた。
「では日本は豪州から何を買うんですか?」
「観光です」と田島は言った。
「……観光?」
「豪州の景観は独特です。グレートバリアリーフの観光収入は、昨年で三十億ドルを超えました。日本人観光客が最大のシェアを占めています」
「観光だけでは経済が成り立ちません」
「ワインもあります」と田島は言った。「豪州のワインは品質が上がっています。日本市場での伸びが顕著です」
「鉄鉱石とワインでは規模が違います」
田島が少し間を置いた。
「ホーン代表」
「なんですか?」
「豪州が日本に売れるものを、豪州が考えるべきです」と田島は言った。「我々が買うものを決めることはできません」
ホーンは黙った。
百年前の講和会議でマクレガーが言った言葉を、ホーンは思い出した。
「我々は、考える国民に負けた」
今も同じだ、とホーンは思った。
交渉は翌日も続いた。




