閑話「バチカン最期の記録 1890年」
第四部末、バチカン市国秘密文書庫。
文書番号:机上極秘第七七号
作成者:不明(筆跡より枢機卿と推定)
日 付:1890年
私はこれを誰かに読ませるために書いているのではない。
ただ、書かずにはいられないから書く。
日本連邦との講和条約が締結された。豪州合衆国が敗れ、欧州列強が沈黙した。世界の重心が、完全に東に移った。
私は三十年間、「城佑」という存在を研究してきた。
結論を書く。
城佑は神ではない。
しかし神に近い何かだった。老いなかった。三百年以上の記録に同一人物として登場し続けた。耳が長かった。仲間が複数人いた。全員が老いなかった。
これだけ見れば、悪魔の手先と断じることもできる。
しかし私にはできない。
なぜなら、この者がしたことは一つだけだったからだ。
売った。
与えなかった。押しつけなかった。支配しなかった。ただ、売った。買うかどうかは人間が決めた。使い方は人間が決めた。改良するかどうかは人間が決めた。
人間は買った。使った。改良した。三百年かけて、神を超えた。
私はここで問わなければならない。
神が人間に知恵の実を与えることを禁じたのはなぜか。
城佑はその禁を破った。しかし罰せられなかった。人間が神を超えても、世界は終わらなかった。むしろ、豊かになった。
私には分からない。
ただ一つだけ分かることがある。
神が与えることを禁じたものを、あの長耳の商人は売った。
等価交換で。
神の座を、人間に売り渡したのだ。
それが呪うべきことか、感謝すべきことか、私にはもう判断できない。
ただ、人類は神を超えた。
それだけは確かだ。




