第48話 核の朝
核が落ちた日の朝、佑はブリッジに一人だった。
センサーが拾った映像を、佑は見た。
マカオの上空で、光が膨らんだ。
それだけだった。
一瞬で、街が消えた。
佑は映像を見たまま、動かなかった。
一分。二分。
扉が開いた。
フィリアだった。映像を見た。何も言わなかった。佑の隣に来て、立った。
それからライルが来た。ドワリンが来た。モリスが来た。シャリアが来た。アイリスが来た。
六人が並んで、映像を見た。
誰も何も言わなかった。
佑はしばらく、窓の外を見た。地球が見える。夜側と昼側の境界線が、ゆっくりと動いている。
「……会議を開きます」
初めて言う言葉だった。
四百七十年、一度も言わなかった言葉だった。
工作船の会議室に六人が集まった。
いつもの場所だった。北米都市計画の時も、ここで話した。しかし今日の空気は違った。誰も図面を広げない。誰も手帳を開かない。
「動きます」と佑は言った。
誰も驚かなかった。
「……止めないんですか」とライルが言った。止める、という意味ではなく、確認している声だった。
「止めません」と佑は言った。「ただ」
間があった。
「これは正しい選択かどうか、分かりません」
フィリアが佑を見た。「分からないまま、動くんですか」
「はい」
「……理由を聞いていいですか」
佑は少し間を置いた。
「あれを見て、何もしない自分が想像できなかった」
静かな声だった。説明でも言い訳でもない、ただ事実を言っている声だった。
「四百七十年、何もしなかった。それが正しかったと、今でも思っています。ただ」
「ただ?」とフィリアが聞いた。
「今日は、できなかった」
沈黙があった。
モリスが少し間を置いてから言った。「……私たちはどうすればいいですか」
「動いてください。それぞれのやり方で」
全員が頷いた。
ドワリンが立ち上がった。「復興の準備をします。インフラから」
シャリアが「教育システムの再建計画を作ります」と言った。
アイリスが「輸送船の準備を始めます」と言った。
モリスが「食料確保のルートを確認します」と言った。
ライルが「……輸送鉄道の緊急運用計画を立てます」と言った。珍しく、静かな声だった。
フィリアだけが、残った。
「佑」
「はい」
「正しいかどうか、分からないまま動いたのは、初めてですか」
佑は少し考えた。
「……本能寺の夜も、分からないまま動きました」
「あの時と、今と、何が違いますか」
佑はしばらく答えなかった。
「あの時は」とやがて言った。「食い扶持のためでした」
「今は?」
「……今は、理由が分からない」
フィリアが少し目を細めた。「それは良いことだと思います」
「なぜですか」
「値段のつかないものに動かされたということです」とフィリアは言った。「佑がずっと苦手だったやつです」
佑は少し黙った。
「……そうですね」
宣告は、五か国に同時に送った。
華南・華北政府には「戦争を止めなさい」と。
イギリス・フランスには「兵器援助を止めなさい。止まらないなら介入する」と。
豪州合衆国には「核兵器を全て処分しなければ、六大都市のインフラを消す。ただし民間人には手を触れない」と。
三か国から返答が来た。
イギリスとフランスは止まった。
華南・華北は、しばらく交信が途絶えてから、停戦を申し入れた。
豪州合衆国は、止まらなかった。
東京に核兵器を投入しようと、空母打撃群が動き始めた。
佑は艦隊を蒸発させた。
核兵器の開発施設を消した。
豪州合衆国の六大都市で、民間の建物には手を触れずに、インフラと軍事施設だけを、アナウンスしてからドローンで順番に消していった。
工作船のブリッジで、佑はそれをやり続けた。
フィリアが隣にいた。
何も言わなかった。
終わった時、佑はしばらく画面を見ていた。
「……やってしまいました」
フィリアが聞いた。「後悔していますか」
「していません」と佑は言った。「ただ」
「ただ?」
「信長殿が言ったことを、思い出しています」
「何と言っていましたか」
「外の者が守り続けたら、腐る」
フィリアが少し黙った。
「……守ったんですか、今日は」
「分かりません」と佑は言った。「止めた、のかもしれない。守った、のかもしれない。その違いが、今日は分からなかった」
「いつか分かりますか」
「分からないかもしれません」
窓の外に、夜の地球があった。
即日、復興に動いた。
六大都市の人々を地方に移す輸送船を出した。ドワリンが上下水道の設計を始めた。モリスが食料のルートを引いた。シャリアが仮設の教育施設を立ち上げた。アイリスが港の修復を指揮した。ライルが輸送スケジュールを組んだ。
日本政府にも協力を求めた。
日本側は、一日で動いた。
ある程度落ち着いた頃、日本政府と協力して選挙を実施した。新しい政府が発足した。佑は豪州合衆国の憲法の一部を変えることを求めた。教育システムの改革を求めた。
求めた、という言葉が正しいかどうか、佑には分からなかった。
強制した、の方が正確かもしれない。
帳簿に書こうとして、やめた。
翌日、書いた。
【一九四五年・記録】
介入した。初めて、動いた。
正しかったかどうか、分からない。
分からないまま、やった。
豪州合衆国の復興に、今日から全力を入れる。
壊したなら、直す。
それだけは、商売として正しいと思っている。
信長殿が言った言葉が、今日は重い。
「外の者が守り続けたら、腐る」
私は今日、外の者として動いた。
腐らせないために、どうするかを、これから考える。
答えが出るかどうか、分からない。
ただ、考え続ける。
それだけは、やめない。
帳簿を閉じて、フィリアが作った味噌汁を飲んだ。
旨かった。
いつも通り、旨かった。
それが、少し、救いだった。




