第44話 一九二〇年代 平和の値段
戦争が終わって、日本は好景気になった。
北米の日本系各家との交易が活発になり、日本列島の工業生産が伸びた。大学統合校の流れを汲む大学が各都市に増えて、研究者が増えた。
街は明るかった。
佑は低空飛行で日本を見た。
「……賑やかになりましたね」とフィリアが言った。
「なりました」
「良いことですか」
「良いことです。ただ」
「ただ?」
「賑やかな時代には、別の問題が育ちます」と佑は言った。「今が良いから、今がずっと続くと思う人間が出てきます。備えをやめる人間が出てきます」
「佑はいつも先のことを心配します」
「五百年生きるので」と佑は言った。「先が長い分、先が見えやすい」
「見えることが、幸せですか」とフィリアが言った。
佑は少し考えた。
「……どちらとも言えません」と佑は言った。いつもの答えだった。
この時代、佑は一つのことを始めた。
記録帳を書くことは続けていた。しかし今度は別の記録帳だ。
戦争の記録帳ではない。
「普通の日」の記録帳だった。
誰かが発明をした日。誰かが良い論文を書いた日。農村の収量が上がった日。新しい鉄道路線が開通した日。市場に珍しい野菜が出た日。
佑がふじやで鰻重を食べた日。
仙吉の豆腐を思い出した日。
フィリアの味噌汁が特別に旨かった日。
そういうことを、細かく書いた。
「なぜ書くんですか」とシャリアが聞いた。
「後で読む人間のためです」と佑は言った。
「誰が読むんですか」
「分かりません。ただ」佑は少し考えた。「戦争の記録だけを後の人間に渡すのは、不公平だと思って」
「不公平?」
「戦争の日だけを記録したら、戦争しかなかった時代に見えます。でも実際には、普通の日の方が多い。美味しいものを食べた日の方が多い。笑った日の方が多い。その記録も、残さないといけない」
シャリアが少し間を置いた。「佑、それは教育と同じ考え方です」
「そうですか」
「記録することで、後の人間に選択肢を与えている。戦争の記録だけでは、後の人間は『昔は戦争しかなかった』と思ってしまう。でも普通の日の記録があれば、『昔の人間も、普通に生きていた』と分かります」
「……そうですね」と佑は言った。
「佑は商人のつもりでいますが、教育者でもあります」
「それは言い過ぎです」
「言い過ぎではありません」
佑は少し黙って、また普通の日の記録を書いた。
今日、フィリアの味噌汁が旨かった。
モリスが新しい品種の話をしていた。
ライルが時刻表を眺めて満足そうだった。
良い日だった。




