第41話 日本議会 参戦論議 一九一四年秋
欧州で戦争が始まって三ヶ月が経った、一九一四年の秋。
工作船に定期報告が来た。
日本連邦議会・外交委員会からの、異例の直接通信だった。
「佑殿、お時間をいただけますか。議会の状況をご説明したい」
佑は少し止まった。議会から直接、というのは初めてだった。
「……分かりました」
翌日、工作船に外交委員会の委員長が来た。五十代の、落ち着いた顔をした男だった。
「状況を説明します」と委員長は言った。「現在、議会が二分されています」
「参戦論と不参戦論ですか」
「はい。参戦論側の主な主張は三つです」
委員長が書類を出した。
「一つ、欧州の混乱は日本の外洋貿易に影響する。戦後の秩序形成に参加しなければ、日本は蚊帳の外になる。二つ、連合国側に立てば、戦後の欧州との外交関係が有利になる。三つ、軍の練度維持のために実戦経験が必要だという意見もある」
「不参戦論側は」
「一つ、日本の利益に直結しない戦争で血を流す理由がない。二つ、北米の開拓と内政整備を優先すべき時期である。三つ」
委員長が少し間を置いた。
「三つ目が、一番多くの議員が言っている主張です」
「何ですか」
「『佑殿はどうお考えか』と」
佑は黙った。
委員長が続けた。「議会の過半数が、この問題について佑殿の意見を求めています。正式な諮問ではありません。ただ……参考意見として、と」
佑はしばらく窓の外を見た。
「……委員長殿」
「はい」
「一つ確認させてください。日本が民主主義に移行してから何年になりますか」
「信政様が宣言されてから十一年、選挙による議会が成立してから七年です」
「七年」と佑は言った。「七年で、議会の過半数が『佑はどう思うか』と聞きに来た」
委員長が少し下を向いた。「……恥ずかしい話です」
「恥ずかしいとは思いません」と佑は言った。「慣れていないだけです。ただ」
「ただ?」
「私は答えを売りません」
委員長が佑を見た。
「情報は売ります」と佑は言った。「欧州の現在の戦況、各国の軍事力の比較、戦争が長引いた場合の貿易路への影響。これらは数字として売れます。ただし、参戦すべきか否か、という判断は売りません。それは日本人が自分で決めることです」
「……なぜですか」
「七年前、信政殿が幕府を解体しました」と佑は言った。「その理由を覚えていますか。外から押し付けられた制度は腐る、と言いました。判断も同じです。外から借りた判断は腐ります」
委員長はしばらく黙っていた。
「……情報を買わせてください」と最後に言った。「値段は」
「後でいいです。今日はここまでにしてください」
委員長が帰った後、フィリアが来た。「何も言わなかったんですね」
「言いませんでした」
「辛くなかったですか」
佑は少し間を置いた。「……言いたいことはありました」
「何ですか」
「参戦する理由がないと思っています。ただ」
「ただ?」
「それは私の判断です。日本人の判断ではない」
フィリアが窓の外を見た。「……結果はどうなると思いますか」
「不参戦になると思います」と佑は言った。「今の議会には、信政殿の教育を受けた世代が入っています。考える習慣のある人間は、利益が見えない戦争に乗らない」
「佑は信じているんですね、日本人を」
「……信じているというより」佑は少し考えた。「確認したいんです。私が三百年かけて売ったものの値打ちを」
議会の論戦は一ヶ月続いた。
参戦論側の議員が演説した。「日本は世界の動向に遅れを取ってはならない。この戦争の勝者と共に立つことが、百年後の国益に繋がる」
不参戦論側の議員が応じた。「百年後の国益を語るなら、今この戦争で死ぬ者の名前を先に言え。その名前が言えない者に、百年後の話をする資格はない」
採決の結果、不参戦が過半数を占めた。
賛成百九十三票、反対二百十七票。
二十四票差だった。
佑はその数字を聞いて、帳簿に書いた。
日本議会、不参戦を選んだ。二十四票差だった。
圧勝ではない。僅差だった。
それで良いと思う。
迷わない民主主義は民主主義ではない。
迷って、議論して、決めた。
それが答えだ。
信政殿に報告したかったが、
信政殿は三年前に逝った。
見せたかった。
議会の議事録を買う。
値段は後で決める。
あの「百年後の話をする資格」の演説、
誰が書いたのか知りたい。
翌日、佑は議事録を取り寄せた。
演説した議員の名前を確認した。
田中光太郎の弟子だった。
佑は少し止まって、それから帳簿の備考欄に一行追加した。
田中源一郎→田中光太郎→この議員。
三代続いた。
農民出身の天才工学者の孫が地政学者になり、
その弟子が議会で演説した。
私は何もしていない。
ただ最初に農業指導料を米で受け取っただけだ。
それで充分だった。




